⑳朧月夜 漆
源氏物語名場面⑳ 朧月夜 漆 御帳台内部 激昂した右大臣は懐紙を拾い上げると御帳台の中を覗き込んだ。 すると、見覚えのある優男が、悪びれもせずこちらを見ている。 「あ、あなたは!」 右大臣が叫ぶと優男はわざとらしく夜具を引き上げて顔を隠そうとした。 侮辱された右大臣は怒り心頭に発するが流石に源氏を面罵することは出来ない。 今は臣籍に降っているが元はといえば故桐壺院の皇子である。...
View Article㉑都落前夜 壱
源氏物語名場面㉑ 都落ち前夜 壱 明石<播磨◆須磨<摂津 ■ 朧月夜との密会の現場を右大臣に目撃され追い詰められた源氏は「実子である東宮/後の冷泉帝に累が及ばないよう」朝廷から流罪などの罰を受ける前に須磨下向を決意。 幼い夕霧や頭中将など左大臣家の人々や藤壺尼宮に暇乞いの挨拶に出向き東宮と花散里ら女君には手紙を認めた。...
View Article㉒都落前夜 弐
源氏物語名場面㉒ 都落ち前夜 弐 明石~須磨《東海道・山陽本線 快速》に乗って約12分。 瀬戸内海に煌めく陽光を楽しみながらの小さな旅です。 ■ 出立の夜は、紫の上と水入らずで過ごした。 ただ夜が更けるにつれて源氏は紫の上の行く末が気になってくる。 「須磨という鄙びた土地でもし私が世を去るようなことがあれば紫の上は一体どうなるのだろうか」 源氏、 ○生ける世の 別れを知らで 契りつつ...
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源氏物語名場面㉓ 須磨 壱流謫の地 現光寺/源氏寺『阪神・淡路大震災』による倒壊後、再建。浄土真宗本願寺派神戸市須磨区 源氏が都を落ちて明石へ移るまで侘び住まいした須磨の住居跡 近くに『平家物語』縁の広大な須磨寺がある ■ 草深い須磨での男所帯の暮らしは侘しい。 源氏は日々の寂しさを紛らすため絵筆をとって須磨の風景を描いたり琴を気ままに掻き鳴らしたりしていた。...
View Article㉔須磨 弐
源氏物語名場面㉔ 須磨 弐流謫の地 須磨の浦を眺めながら都の懐かしい人々を偲ぶ光源氏(仮)尾形月耕画 国立国会図書館所蔵 ■ 須磨に移ってほぼ1年後の三月初め。 「源氏の君は心労続きなのでお祓いをなさったら如何でしょう」 周囲の声を受けて、陰陽師を招き波打ち際でお祓いをさせた。 お祓いが始まるや浦風が吹き荒れ、空が俄かに掻き曇り、間もなく土砂降りになった。...
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源氏物語名場面㉕ 明石 壱 浜辺の館現善楽寺戒光院源氏を明石に招いた明石入道の住居跡。源氏は【浜辺の館】で暮らすことになる。 ■ 源氏一行の舟は日の出前明石を目指して須磨の浦を漕ぎ出した。 明石入道の【浜辺の館】は国司時代に蓄えた財力に任せて京風にとても洒落た趣向を凝らしてあった。 源氏は当面そこで暮らすことになる。...
View Article㉖明石 弐
源氏物語名場面㉖ 明石 弐 八月十三日 名月の夜 馬上の源氏と惟光は「娘の奏でる琴の音色を聴いて欲しい」明石入道に導かれ明石の君の【岡辺の館】へ向かう。 ■ そのころ都では、朱雀帝の夢枕に桐壷院が立ち、怒りに燃えた目で帝を睨みつけていた。 朱雀帝は「光君を守れなかった故のお怒りか」畏怖し弘徽殿大后に伝えるが相手にされない。 ほどなく帝は目を患い右大臣は死去、大后は病に臥せった。 □...
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源氏物語名場面㉗ 明石 参 蔦の細道/恋の通い路光源氏が明石の君の住む【岡辺の館】へ通った細道 明石市大観町 【岡辺の館】跡明石入道の妻と娘が住んでいる先般雨まじりの暴風が吹き荒れたとき以来入道の妻と娘/後の明石の君は高潮を恐れて【浜辺の館】から【岡辺の館】に移り住んでいた。 神戸市西区 ■ 紫の上の返歌 ○うらなくも 思ひけるかな 契りしを まつより波は 越えじものぞと...
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源氏物語名場面㉘ 六条御息所 壱 光源氏【野宮神社】に六条御息所を訪ねる □ 「正妻の葵の上が亡くなった。次は身分的にも相応しい六条御息所が源氏の君の*正妻に選ばれるであろう」 ★*正妻意外に思う方もおられるでしょうが紫の上は正妻ではありません。正式な結婚の手続きを踏んでいないからです。朱雀帝に押し付けられた正妻女三の宮の降嫁以来紫の上の人生は暗転します。★ 京雀たちの専らの噂である。...
View Article㉙六条御息所 弐
源氏物語名場面㉙ 六条御息所 弐 野宮神社嵯峨野《竹林の小径》の側に鎮座。学問や恋愛成就、子宝安産等の祭神を祀る。「縁結びの社」として若い女性に人気。 『源氏物語』第十帖「賢木」の舞台 樹皮のついた黒木の鳥居や美しい苔の庭園には長い風雪に耐えた枯淡の味わいがある。 🔲 六条御息所は源氏に会いたいが会いたくない会えば―そんなどっちつかずの気持ちで部屋を出た。 源氏はすでに縁側に上がっていた。...
View Article㉚六条御息所 参
源氏物語名場面㉚ 六条御息所 参 大伯おおくのひめみこ皇女歴史上の初代*斎宮/斎王天武帝と大田皇女の娘で大津皇子の姉 ○わが背子を 大和へ遣ると さ夜深けて 暁露に 吾が立ち濡れし ○二人行けど 行き過ぎ難き 秋山を いかにか君が 独り越ゆらむ これらの二首はともに大伯皇女の歌ですが刑死が待ち受けている大和へ敢えて戻って行く弟を想う姉の絶唱 ☆ ☆ ○ももづたふ 磐余いはれの池に...
View Article㉛紫の上 壱
源氏物語名場面㉛ 紫の上 壱 若紫/紫の上関連系図紫の上藤壺の宮の姪父兵部卿宮の正妻に邪険にされている源氏〈最愛の妻〉上の系図では正妻を「妻」、他を「女」と表記 ■ 源氏との『結婚話』が持ち上がったりして紫の上の立場を揺るがしかねなかったあるいは揺るがした女君3名を採り上げます。 明石の君編Ⅰ 十三夜の名月の夜明石入道の先導で初めて明石の君を訪ねる馬上の源氏 🔲...
View Article㉜紫の上 弐
源氏物語名場面㉜ 紫の上 弐明石の君編Ⅱ 嵐山大堰川の紅葉 🔲 「急なお願いで恐縮ですが、明石の娘を育てていただけませんか」 明石の君のもとで育てるよりも身分の高い紫の上の養女になる方が娘の将来のために良いと判断したからだ。 例えば地方官/国司の娘である明石の君の娘では入内できない。 孫娘の入内が前播磨国司明石入道の悲願だった。...
View Article㉝紫の上 参
源氏物語名場面㉝ 紫の上 参 朝顔 朝顔源氏の従姉妹■朝顔と紫の上の父はともに皇弟で同格(先帝と桐壺帝の関係性は不明)一方朝顔の母は正妻だが紫の上の母は正妻ではない 🔲 朝顔は父桃園式部卿宮逝去後《*賀茂の斎院》を退いて実家の【桃園邸】に戻り叔母の女五の宮と暮らしている。 ★*賀茂の斎院賀茂神社に奉仕する未婚の皇女or王女伊勢神宮の「斎宮」に倣って設置★...
View Article㉞紫の上 肆
源氏物語名場面㉞ 紫の上 肆女三宮 女三宮と猫鈴木春信画 浮世絵師の手になるからか平安時代の皇女というより江戸期の町娘のような佇まいと雰囲気◇女三宮/朱雀帝の第三皇女源氏に降嫁した時は幼くて頼りないが品が良く美しかった 🔲 源氏が不惑を迎える絶頂期のころ。 近く出家する心づもりの朱雀院はうら若い女三宮の行く末が心配だった。 幼い頃に母親を亡くしており頼り甲斐のある後見人も見当たらない。...
View Article㉟藤壺宮 壱
源氏物語名場面㉟ 藤壺宮 壱 藤壺宮関連系図 予備知識父は先帝せんだい源氏の母/桐壺更衣に生き写し紫の上の叔母源氏の憧れ「永遠の女性」重大な《秘密》を抱えた生涯◇先帝と桐壺帝との関係は不明瞭だが王朝が交代しているので《南北朝時代》のような両統迭立ではない。 先帝の王朝を桐壺某が倒して新王朝を樹立した(いわゆる征服王朝か) ちなみに源氏にとって特別な存在の藤壺宮と紫の上は先帝の血脈に連なる。...
View Article㊱藤壺宮 弐
源氏物語名場面㊱ 藤壺宮 弐 藤壺宮・風俗博物館 京都市 🔲 源氏との不義密通は、生涯にわたって藤壺を苦しめた。 命に代えても墓場まで持って行かなければならない《秘密》を背負ったのだ。 その《秘密》とは国の根幹に関わるレベルである。 「《秘密》を守るために生きていく」 藤壺はそう決意した。 ■ 桐壺院没後宮中は朱雀帝の外祖父右大臣と母弘徽殿大后に支配されている。...
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源氏物語名場面㊲ 藤壺宮 参 『源氏物語』の写本藤原定家による「青表紙本」The British Library大英図書館◇青表紙源氏物語諸本のうち、藤原定家が書写所持していた本。また、その系統に属する諸本。 🔲 しかし困ったことに源氏は藤壺への想いを諦めていない。 今なお執拗に迫ってくる。 だからといって素っ気なくして臍を曲げられたら困る。 東宮の後見人を辞められたら取り返しがつかない。...
View Article㊳藤壺宮 肆
源氏物語名場面㊳ 藤壺宮 肆 紫式部像 in 紫式部公園 日野山/越前富士を仰ぐ金色の十二単を身に纏った紫式部 福井県越前市東千福町 紫式部は多感な青春時代の1年半余を《越前の守》に任じられた父藤原為時とともに国府のある武生たけふで過ごした。 帰京後父の友人で妻が数人と子供のいる藤原信孝と結婚し賢子/大弐三位だいにのさんみを儲ける。 紫式部公園平安時代の様式を踏襲した《寝殿造り公園》 🔲...
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源氏物語名場面㊴ 藤壺宮 伍 『源氏物語』を執筆する紫式部□石山寺【源氏の間】左後ろは娘の賢子/大弐の三位(歌人)◇石山寺には『源氏物語』は当山で〈須磨〉と〈明石〉から書き起こされたという伝承がある。 🔲 藤壺はそう意を決した。 当時出家者はたとえ夫婦だろうと、性的関係をもってはならなかった。 源氏もさすがに手が出ない。 いわば公に認められた源氏撃退法である。 ■...
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