二十二帖 玉鬘
光源氏.太政大臣 35歳4~10月
紫の上 27歳
玉鬘 21歳 六条院 『夏の御殿』
大殿油
おおと(の)あぶら
宮中や貴族の邸宅でともした油のともし火
妻戸つまど
両開き、観音開きの戸
几帳 きちょう
寝殿造りの室内調度で
間仕切りや目隠しに使った。
土居 つちい という台の上に2本の柱を
立てて横木をわたし、それに夏は*生絹 すずし
冬は*練絹ねりぎぬ などの*帷子かたびらをかけたもの。
かつて都で暮らしていたころ、乳母は、源氏が、「都でも並ぶ者のない容姿端麗な貴公子」という評判を聞いてはいたが、じかに見かけたことは1度もなかった。
それから約20年におよぶ長い筑紫での田舎暮らしである。
興味半分で、ほのかな大殿油の明かりに几帳の帷子の隙間からそっーと源氏の姿を見ると、やはり息を呑むほどに美しかった。
右近が妻戸を左右に開けると、源氏が笑いながら入ってきた。
「ここから入ると、なにやら恋人の部屋を訪ねるようだ」
玉鬘は恥ずかしいのか、横を向いている。
「もう少し、灯火を明るくしてくれないか」
源氏が頼むと、右近が大殿油の灯芯をかき立てた。
少しうつむいているが、なるほど玉鬘には夕顔の面影がある。
「よく来ましたね、お待ちしていましたよ」
源氏が呼びかけると、見上げた涼しげな目元は母親そっくりである。
「実の父親」のような口ぶりで、玉鬘に話しかけた。
「親子が20年近く会わなかった例など、いにしえにもありますまい。
お互いつらいことでした。
これまでのことを少し話してくれませんか」
だいぶ時間をおいて、玉鬘は語りだした。
「4歳のときでした。
乳母に連れられて筑紫の大宰府へ赴き、それからもっと草深い唐津に移りました。
都へ戻ってくるときは、木の葉のような舟に身をまかせて瀬戸内海の波に揺られ続けました。
様々な土地をさすらいながら、ずっと不安な日々を送っておりました
今となれば、はかない夢のようです」
声は遠慮がちだが、夕顔の声にとても似ていて張りがある。
源氏は微笑みながら、
「幼い時から苦労続きだったのですね、かわいそうに。
もう大丈夫。
この邸で好きなようにお暮らしなさい」
*練絹 生糸で織ったあと精練した絹布
*生絹 生糸で織った練られていない絹織物
*帷子 裏をつけない衣服の総称。単衣の着物
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