....光源氏と惟光(これみつ)
2008年 たけふ菊人形展:源氏物語絵巻
....篝(かがり)火
源氏が僧都の草庵についたころ、月は雲に隠れていた。
遣水(やりみず)のほとりには篝火がともされ、灯籠(とうろう)には火がいれてある。
ほどよく配置された草木には細やかな心遣いが行き届いていて、えもいわれぬ趣がある。
南がわの部屋を、源氏をもてなす座敷として用意してあった。
部屋には薫物(たきもの)がほのかに漂い、仏前の名香(みょうごう)の香も室内にみちている。
僧都は、源氏に、この世が無常であることや、来世の話などを説いて聞かせた。
源氏は自分の罪障の深さが恐ろしいが、それでも藤壺への思いはあきらめきれない。
「生きている限り、秘密の恋に苦しみ悩み続けなければならないだろう。まして、来世はどんな劫罰(ごうばつ)をこうむることやら」
いっそう出家して、どこかの山にこもって隠遁生活を送るのがいいのではないかとも思う。
しかし、すぐにそうした考えを打ち消すように、少女の面影が心にかかってきた。
僧都にたずねた。
「こちらにお泊まりになっている方は、どなたですか」
「お知りになったら、がっかりされましょう。故・按察使(あぜちの)大納言は亡くなってから久しいので、ご存知ないでしょう。
その北の方が、拙僧の妹でございます。夫の死後出家しましたが、このところ病気がちで、都に戻らず山籠りしている私を頼っているのでございます」
「故・按察使大納言には、ご息女がおいでになると伺っておりましたが」
源氏が、当て推量にたずねると、
「娘が一人おりました。亡くなって十年あまりになりましょうか。故・大納言は入内させようと大切に育てていましたが、その願いがかなわぬうちに亡くなってしまいました。
その後、妹が一人で苦労して育てておりましたが、だれが手引をしたものか、兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)がひそかに通われるようになりました。
しかし、宮の北の方が身分の高い人できしょうが激しく、娘はなにかと気苦労が多く、明け暮れ思い悩んでいたようです。
それがもとで病気になり、娘をひとり残して亡くなってしまいました」
それで、源氏は、「少女はその人の娘なのだ」と理解した。
「兵部卿宮のお血筋(娘)なので、藤壺様とそっくりなのだ」
兵部卿宮と藤壺は兄妹である。
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若紫⑨少女の身元
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