小柴垣 (こしばがき)
「入道はなぜ、娘に、『上流に入れなかったら、海に身を投げろ』というほど思い詰めているのだろうか。気味が悪くないか」
「そろそろ、日が暮れかかってまいりました。発作は、お起こりにならないようです。早く二条院へ……」
従者の言葉を、行者が制した。
「御病気のほかに、物の怪も憑いております。今夜はこちらで静かに加持祈祷などをして、明日の朝にでもお帰り下さい」
源氏は、山寺の宿坊での旅寝に興味があり、
「それでは、明朝、山を下りよう」
惟光だけを残して、他の従者はみんな都へ帰した。
春の日は長く、暮れるまでにはまだ時間がある。
源氏と惟光は、春霞に紛れて小柴垣の辺りへ出かけた。
さっき、女たちがたくさん庭へ出てきた家である。
小柴垣からのぞくと、西側の部屋で尼君がお勤めをしている。
病身らしく弱々しげに読経している尼君は四十過ぎに見え、痩せてはいるが頬はふくよかで目もとは涼やか。
見るからに、相当の身分のようだ。
尼そぎの髪が、きれいに切り揃えられている。
源氏は、感じいった。
「長い髪よりも、斬新で好ましい」 当時、長い髪は美人の条件
尼君のそばに、小ざっぱりとした女房がふたり座っている。
ほかに、女童(めのわらわ 少女)が数人、家から庭へ出たり入ったりして遊んでいる。
そのうち、白い袿(うちぎ)の上に山吹襲の着馴らしたのを重ねた十歳ほどの少女が、こちらへ駆けてきた。
一緒に遊んでいる他の少女たちとは、まるで違っている。
「成人した暁には、どれほどの名花になるか」と思わせるほど可愛らしい顔立ちだ。
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