「それ以来、わたしはその女のところに通うのを止めました」
「源氏の君と頭中将殿は、『指食いの女』と『木枯らしの女』のどちらのタイプを、正妻に選びますか」
「とにかく色っぽい女には、くれぐれも用心して下さい。7~8年もすればお分かりになりましょう」
左馬頭が話し終わると、今度は頭中将が語りはじめた。
承知しているようで具体的には知らない親友の恋愛が気になって、源氏が身を乗りだした。
頭中将の話に登場する「女」のイメージは淡いが、『指食いの女』や『木枯らしの女』とちがって、固有の名前(常夏の女→夕顔)をもち、頭中将との間の「娘(玉鬘:たまかずら)」とともに、のちに『源氏物語』の重要な登場人物になる。
「愚かな男の、いたって情ない恋話とお聞きください」
「それは、ひっそりと始まりました。おっとりとした控え目な女でした。そして、何やら心もとない関係でした。というのは、私がほかの女の家に行っても、嫌味の一つも言わないのです」
「身寄りがなく、私を頼っているようにも見えました」
「娘(玉鬘)も生まれ愛おしく想っていましたが、わたしが何をしても何をいっても決して非難めいたことを口にしないのです。ついつい、ないがしろにすることもありました」
「そんな覚束ない関係でしたが、妻(右大臣の娘。弘徽殿女御の妹)の知るところとなりました」
「あとで聞いたことですが、弘徽殿女御に似て気性の激しい妻は、すぐに人をやってその女を脅したのだそうです」
「しかし、その女は妻の使いが来たことも使いに何を言われたかということも、いっさいわたしに告げ口をしませんでした」
「しかし、きっと辛かったのでしょう」
「ある日、ふっと姿を消してしまいました。それっきりです。今ごろ、どこで何をしているのやら」
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