来迎三尊&五色の糸
後白河は、寂光院のさほど広くはない境内を見てまわった。
露が降りている庭の千草は、露の重みで生垣にもたれかかっている。
生垣の外の田は水かさが増して、シギの降り立つ場所もないほどだ。
それから、後白河は草庵の中に入った。
襖(ふすま)を開けると、衆生を浄土へ導く来迎の三尊である阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩が安置されている。
中央の阿弥陀如来の御手には五色の糸(青黄赤白黒)が掛けてあった。
来迎の三尊の左には普賢菩薩の絵像、右には善導和尚と故・安徳天皇の御影が掛けられ、前には法華経78巻と9帖の仏典が置いてある。
部屋には、宮中に流れている蘭の花と麝香(じゃこう)の香りに代わって、香の煙が立ちこめていた。
襖には、仏典の中の大切な言葉を記した色紙が、所々に貼られている。
大江定基法師が、中国の清涼山で詠んだ和歌があった。
笙歌(しょうか) 遥かに聞こゆ 孤雲の上
聖衆(しょうじゅ)来迎す 落日の前
妙なる楽の音や歌声が 遥かかなたの雲の上から聞こえる 落日の前に 極楽浄土の仏や菩薩たちが迎えに来ている
少し離れて、建礼門院の歌と思われる色紙があった。
思ひきや 深山の奥に 住居して
雲居の月を 余所(よそ)に見んとは
昔 宮中から眺めた月を こんな深山の奥に住んで見上げることになろうと 思ったことがあっただろうか
他の部屋に目を移すと、寝室なのだろう、竹竿に質素な麻の衣や紙の布団などの夜具が掛けてある。
日本や中国から逸品を集めて贅を尽くした宮中での生活など、今は夢。
後白河は涙を流し、お供の公卿や殿上人らも、都での建礼門院の暮らしぶりを見知っていただけに、みな泣いた。
外に目をやると、濃墨染の衣を着た尼が二人、険しい山道を下りて来ている。
後白河が二人に気づいて、阿波内侍にたずねた。
「あの二人は、何者だ」
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平家物語の群像 建礼門院⑪あの二人は何者だ
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