
遮那王が16歳のころ、正門坊と名乗る僧が現れ、遮那王が平清盛に敗れた源氏の棟梁・義朝の子であることや、異母兄の頼朝が伊豆の国に流されていることなどを語った。
平時忠が、「平氏にあらずんば人にあらず」 とうそぶいていた頃である。
この日を境に、遮那王は平家討伐を胸に秘める。
貴船神社に、打倒平家を祈願した。
それからというもの、日夜、「謀叛を起こすため」武芸を磨くことに没頭する。
鞍馬山の鬱蒼とした木立の間を飛んだり跳ねたり、太刀を縦横無尽に振り回したりしては腕を磨いた。
ある夜、遮那王の行動を不審に思った師の東光坊阿闍梨が、寺男に遮那王の後をつけさせた。
すると、僧正ヶ谷の生い茂った草木を平家一門に見立て、1本だけ聳え立っている大木を「清盛」と名付けて、何度も何度も刀で切り付けている。
それから、懐から取り出した毬杖(ぎっちょう)の玉二つを、清盛と重盛の首に見立てて木に吊し、滅多打ちにしている
そこには、復讐に燃える鬼気迫る遮那王の姿があった。
これを知った東光坊が驚いて注意すると、遮那王は僧正ヶ谷へ行くのを止めたが、
鞍馬寺の本尊に日参して密かに平家討伐を祈願した。
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承安4(1174)年、打倒平家が当面の目標になった遮那王は出家を拒否して、鞍馬寺を出奔。平家の勢力範囲を離れるため、藤原秀衡を頼って奥州平泉に下った。
治承4(1180)年8月、兄頼朝が挙兵した。
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