棟梁の宗盛をはじめ平家の公達の妻子は、つらい陸路をたどり、慣れない船に揺られることを覚悟して、優雅な日々を送ってきた都を出立した。
いつどこで義仲軍や落人狩りに遭遇するかも知れないという危険性も、承知していたはずだ。
維盛の妻子だけは、京に残った。自分の家族さえ安全ならばいいと、周囲に受け取られかねない行動だ。
それだけに、この決断には維盛のよほどの思いがこもっていたのではないだろうか。
都落ちにあたって、維盛が妻子を伴うことでもっとも恐れたのは、北の方に語った 「道にも敵待つなれば心安く通らん事有難し」 ではなく、
彼女の父親が、故藤原成親であることだったと思う。
つまり、平家を滅ぼそうと目論んだ成親の娘である建春門院新大納言の、一門における立場を慮ったのだ。
昨日までは、小松殿という広大な邸に住んで、ほかの平家一族とあまり顔を合わせることはなかったであろう。
小松家は、亡き重盛のころから、腹違いの弟の宗盛兄弟とはしっくりいっていなかったようなのだ。
ところが、どうだろう。
都を落ちるとなれば、新大納言はいやでも宗盛や知盛、重衡らと顔を合わせることになる。
いや、男はまだいいかも知れない。行動範囲もちがうだろう。
しかし、時子 (二位尼) や中宮徳子らとは、生活空間を等しくする可能性が高い。
もし、瀬戸内海で同じ船に乗り合わせることになったら、せまい船室で顔を突き合わせて暮らすことになったら……。
まわりには、女房たちが仕えている。
彼女らは、平家一門を滅ぼそうと画策した成親の娘に、どういう態度で接するだろう。
日常的に、憎悪に満ちた視線を投げたり、トゲのある言葉を浴びせたりするかも知れない。
維盛は、新大納言がつらい立場に立たされることを心配して、あえて都に残したのではないだろうか。
『平家物語』には、維盛が嫡男の六代を都に残し、妻子との名残を惜しんで一行に遅れて加わったことを、宗盛らが疑うような場面がある。
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