
治承4(1180)年10月24日午前6時に、富士川を挟んで、矢合わせをして戦端を開くことに決まった。
その前夜、伊豆や駿河の民百姓がいくさを恐れて、野に入り山に隠れ、舟に乗って川や海に浮かんで、炊事をした。
平家方から源氏の陣営を見渡すと、彼らの無数の煮炊きの火が見える。
「なんと夥しい数の遠火だ。野も山も川も海も、源氏の武者で満ちているぞ」
夜半、水辺に群れていた水鳥たちが何に驚いたのか、一斉に飛び立った。
水鳥たちの羽音が、雷か暴風のように聞こえたので、平家の兵たちは恐れおののいた。
「源氏の大軍が攻めてくるぞ。昨日、実盛が言っていた通りだ。甲斐と信濃の軍勢が富士山の裾から背後へ回ってきたのだ。取り囲まれては敵わない。尾張の墨俣まで逃れよう」
取る物も取りあえず、われ先に逃げて行った。
慌てふためいて、弓を取る者は矢を忘れ、矢を取る者は弓を忘れた。
自分の馬は人に乗られ、人の馬に自分が乗った。
杭につないだの馬に跨って走り出すものだから、杭の周囲をぐるぐる回っている粗忽者もいる。
平家の陣には遊女が呼ばれて酒盛りをしていたが、ある者は頭を踏みつぶされ、ある者は腰を踏み折られた。
24日午前6時、源氏勢20万騎が富士川に押し寄せ、天も響き大地も揺るがすばかりに3度、鬨の声を上げた。
平家の陣内は物音ひとつしない。
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