Quantcast
Channel: 吉備路残照△古代ロマン
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1644

平家物語の群像 平重衡⑤平家四万余騎を二手に分かつて

$
0
0

$吉備路残照△古代ロマン-般若寺 般若寺の回廊門 (国宝)

戦火によって、東大寺興福寺などは主要な堂塔伽藍を失い、壊滅的な打撃を蒙った。

しかも、折からの突風にあおられてあらぬ方向に飛ばされた平家方の火矢が、大仏殿に向かった。

そして事もあろうに、紅蓮の炎が大仏を包んだのである。

これによって、清盛重衡が世間から仏敵として激しく指弾されたばかりでなく、蝶よ花よと深窓で育てられてきた重衡の妻藤原輔子(ほし)、通称大納言典侍(だいなごんのすけ)に、こののち凄惨な後半生が待ち受けることになる。

南都攻めを決断した清盛は、熱病という名の焦熱地獄に苦しみながら悶え死んだ。

この清盛臨終の場面には、「尊い大仏様が苦しんだ苦しみ以上の苦しみをお前も苦しめ」という、平家物語作者の隠れた意図があるような気がしてならない。

          ……       ……

○南都にも老少嫌はず七千余人甲の緒を締め奈良坂般若寺二箇所の路を掘り切つて掻楯かき逆茂木引いて待ちかけたり。平家四万余騎を二手に分かつて奈良坂般若寺二箇所の城郭に押し寄せて鬨をどつと作りける。大衆は徒歩立ち打物なり

興福寺では老若を問わず7000余人が甲の緒を締め、奈良坂般若寺の2か所の道を堀でふさぎ、釘を打った楯を並べ、逆茂木(さかもぎ)を敷いて待ち構えた。平家は四万余騎を二手に分け、奈良坂と般若寺2か所の砦に押し寄せて、鬨の声を上げた。大衆は歩兵で、武器は太刀や刀である。

○官軍は馬にて駆け廻し駆け廻し攻めければ大衆数を尽くいて討たれにけり。卯の刻に矢合せして一日戦ひ暮らし夜に入りければ奈良坂般若寺二箇所の城郭共に敗れぬ。

平家軍は馬で駆け回りながら攻めたので、大衆は数知れず討たれた。卯の刻(午前6時)に双方から矢を放って開戦。1日中戦い続け、夜、奈良坂と般若寺の2つの砦が陥落した。

○落ち行く衆徒の中に坂四郎永覚といふ悪僧あり。これは力の強さ弓箭打物取つて七大寺十五大寺に勝れたり。萌黄威の腹巻の上に黒糸威の腹巻を重ねてぞ着たりける。

落ちていく衆徒の中に坂四郎永覚という荒法師がいた。力の強さ、弓矢・太刀の腕前は、七大寺、十五大寺の中でも屈指。萌黄威の腹巻の上に黒糸威の腹巻を重ねて着ていた。

    …… 原文に忠実な訳ではありません ……


原色シグマ新国語便覧―ビジュアル資料 (シグマベスト)/国語教育プロジェクト

¥880
Amazon.co.jp     ……原文にある「逆茂木、黒糸威の腹巻」などがどういうものか分からないままでは気持ちが悪いという方は、国語便覧を手元に置いておかれたらいいと思います。

NHK DVD::東大寺 よみがえる仏の大宇宙

¥4,442
楽天

【まとめ買いで最大15倍!5月15日23:59まで】興福寺のすべて 歴史 教え 美術

¥1,890
楽天


Viewing all articles
Browse latest Browse all 1644

Trending Articles