源氏物語名場面⑥
春秋の争い
『源氏物語絵色紙帖 乙女 詞近衛信尹』
【春の御殿】の紫の上 【秋の御殿】の秋好中宮
京都国立博物館所蔵
《春秋論争は万葉の昔から》
中大兄皇子/天智天皇が中臣鎌子/藤原鎌足に命じ
《春山の花の咲き誇る様子と秋山の彩り》
を殿上人に競わせたとき額田王が
最終的な判者として詠んだ歌
冬こもり 春さり来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ
咲かざりし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず草深み 取りても見ず
秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ
青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山ぞわれは
額田王
秋は夕暮れ
八月に【六条院】が完成した翌月、
一陣の風が六条院を吹き抜けた。
久しぶりに
『秋の御殿』に里下りして
いた*秋好中宮は上等な箱の蓋
に色とりどりの花や紅葉に手紙を添
えて『春の御殿』の紫の上に届けさせた。
.
*秋好中宮
六条御息所が臨終のとき源氏に託した娘。
女君として至高の地位に就いた。
.
○心から 春まつ園は わが宿の
紅葉を風の つてにだに見よ
紫の上さまが心からお好きな『春の御殿』
のお庭はさぞ物寂しいことでございましょう
当方の紅葉を風の便りにでも御覧ください
春はあけぼの
紫の上は
秋好中宮から届けられた箱の蓋に苔を敷き
その上に岩と五葉の松に見立てたモノ
を置いて五葉の松に返歌を結んだ。
○ 風に散る 紅葉は軽し 春の色を
岩根の松に かけてこそ見め
風に散る紅葉は頼りないものです
春の色を岩に根をはった常磐の
松の緑に託して御覧ください
女房たちは、普段はおっとりしている紫の上が思いのほか機転が利くことに感心した。
その様子を見ていた源氏が、紫の上を嗜める。
「中宮の紅葉の歌は、面白いですね。
あなたの返歌も、当意即妙で機知に富んでいます。
しかし、今は秋です。
紅葉を悪くいえば、秋の女神の龍田姫はどう思われるでしょう。
ここは一歩退いて、花の盛りの春に言い返しましょう」
21帖『少女』
五葉の松