平敦盛『前賢故実』菊池容斎筆
生まれながらの公達は、もとより坂東に聞こえた豪傑・直実の敵ではなかった。
馬を並べられるや地面に落とされ、簡単に組み敷かれる。
直実が若武者の首を取ろうと顔を仰向けると、意外にも薄化粧をした16、17歳の美少年。
息子の直家と同じ年恰好である。
わが子の顔を思い浮かべた直実は、一気に少年に心を寄せてしまった。
とても殺せない……。
今朝の平家方との攻防で、息子の直家が浅い手傷を負っただけで、ひどく動揺した。
少年が討たれた、と耳にした少年の父(平経盛)は、どんなにか嘆き、悲しまれるだろう。
直実は、「お助けしましょう」と申し出る。
だが、少年は、「お前の手柄になるぞ。早く首を取れ」と言い放つ。
直実は武士である身を悔やみ、袖を顔に押し当てて号泣するのである。
…… ……
○熊谷涙を抑へて申しけるは、「助けまゐらせむとは存じ候へども、味方の軍兵(ぐんびやう)雲霞(うんか)のごとく候ふ。よも逃れさせたまはじ。
直実が涙をこらえて、「お助けしたいのですが、味方の軍勢が大勢やってきます。もはや逃げられません。
○人手にかけまゐらせむより、同じくは直実が手にかけまゐらせて、後の御孝養(おんけうやう)をこそつかまつり候はめ」と申しければ、
他の者の手にかけさせるより私が、そして後々まで供養致しましょう」というと、
○「ただとくとく首を取れ」とぞのたまひける。
「早く、早く首を取れ」とおっしゃった。
○熊谷あまりにいとほしくて、いづくに刀を立つべしともおぼえず、目もくれ心も消え果てて、前後不覚におぼえけれども、さてしもあるべきことならねば、泣く泣く首をぞかいてんげる。
あまりにいたわしく、どこに刀を立てたらよいかも分からず、目は涙にくもり茫然自失としていたが、そうしてばかりもいられず、泣く泣く首をとった。
…… 原文に忠実な訳ではありません ……
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