平宗盛 御物 『 天子摂関御影 』より
「母上、重衡(しげひら)に今一度、会いたいとお思いなら、三種の神器返還のことを兄上(宗盛)によろしくお伝え下さい。そうでないと、再び、お目にかかることができません」
二位尼は、重衡からの手紙を顔に押し当てて、一門の者たちが揃っている部屋の後ろの障子を開けると、宗盛の前に倒れこんだ。
涙ながらにいう。
「宗盛殿、この手紙をごらん。かわいそうに、重衡は今ごろ、どんな気持ちでいることでしょう。どうかこの母に免じて、三種の神器を都へ返しておくれ」
平家一門の置かれている状況が目に入らなくなっている、ただただわが子を思う母親の切羽詰まった心情である。
宗盛は、母の頼みを聞き入れなかった。
「母上、兄としては私もそうしたいのは山々です。しかし、三種の神器を、重衡ひとりに替えることは出来ません。安徳天皇が帝位にあるのも、三種の神器がこちらにあるからです」
もし、三種の神器を返せば、天皇としての正当性が失われてしまいます。
「それに、一門すべての者たちを、重衡ただひとりに替えてよいものでしょうか。子供かわいさに引きずられるのも、時と場合によりましょう」
二位尼は、清盛亡き後の心境を訴える。
「清盛殿に先立たれたとき、私も死のうと思いました。しかし、まだ幼い安徳天皇があてのない旅にでられた哀れさを思い、またお前たちにもう一度、あの栄華を見させてやりたいと思って、こうして生き長らえてきたのです」
「重衡が一の谷で生け捕りにされたと聞いてからというもの、魂が抜けてしまって、食事がのどを通りません。あの子がこの世にいなくなれば、私も同じ道をたどります」
「返還しないのなら、何も言わずに、私を殺しておくれ」
二位尼が叫ぶように哀願すると、その痛々しさに、一同、みな目を伏せてしまった。
思慮深い三男の知盛(とももり)の言葉が、結論になった。
「たとえ三種の神器を返しても、重衡を返してはくれますまい」
二位尼は悲嘆の涙に暮れながら、やっとの思いで重衡への手紙を書くと、都からの使者に持たせてやった。
重衡の北の方・大納言佐殿(すけどの)は、ずっと押し黙っていたが、衣服をかぶって伏してしまった。
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平家物語の群像 二位尼⑪重衡と三種の神器
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