無間地獄(最も恐ろしい地獄)
〇入道相国の北の方二位殿の、夢に見たまひけることこそ恐ろしけれ。
二位尼が夢に見たのは、実に恐ろしいものだった。
〇猛火のおびたたしく燃えたる車を、門の内へやり入れたり。前後に立ちたる者は、あるいは馬の面(おもて)のやうなる者もあり。あるいは牛の面のやうなる者もあり。
猛火が燃え上がった車を、門の中に引き入れた。車の前後に立っているのは、それぞれ馬と牛の顔をした者である。
〇車の前には、「無」といふ文字ばかり見えたる鉄の札をぞ立てたりける。二位殿夢の心に、
「あれはいづくよりぞ」と御尋ねあれば、「閻魔の庁とり、平家太政入道殿の御迎ひに参つて候ふ」と申す。
車の前には「無」という文字だけが見える鉄の札が立ててある。二位尼が夢の中で、「その車はどこから来たのか」と尋ねると、「閻魔庁から清盛殿を迎えに来た」と言う。
〇「さてその札は何といふ札ぞ」と問はせたまへば、「南閻浮提金銅(なんえんぶだいこんどう)十六丈の盧遮那物(るしやなぶつ)、焼き滅ぼしたまへる罪によつて、無間(むけん)の底に堕したまふべき由、閻魔の庁に御定め候ふが、無間の無を書かれて、間の字をばいまだ書かれぬなり」とぞ申しける
「その札は何の札か」と尋ねると、「東大寺の大仏を焼いた罪で無間地獄に落とすと決めているが、無間の「無」だけを書いて、まだ「間」の字を書いていない」と言う。
〇二位殿うちおどろき、汗水になり、これを人々に語りたまへば、聞く人皆身の毛よだちけり。
二位尼は、はっとして夢から醒めると汗びっしょり。夢の話を人々にすると、みんな身の毛がよだつ思いをした。
…… (敬語の訳出は冗長になるから略しています) ……
時子の悪夢は、平家物語お得意の創作であろう。
何を言いたいのだろうか。
夢の眼目は、「南閻浮提金銅十六丈の盧遮那物、焼き滅ぼしたまへる罪によつて、無間の底に堕したまふべき由、閻魔の庁に御定め候ふ」にあると思う。
つまり、閻魔大王が、大仏を焼いた罪で清盛を地獄の中でも最も恐ろしい無間地獄に落とすことに決めた、ということだ。
史上初めて大仏を猛火で包んだ清盛は、まれにみる極悪人。
(平家物語の作者は、)無間地獄に落とすだけでは足りない。
清盛がまだ生きているうちに、尊い大仏が苦しんだのと同じ苦しみに遭わせてやりたい。
体中が火を噴きそうなほどの高熱で、苦しませてやりたい。
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平家物語の群像 二位尼⑦清盛、無間地獄へ
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