平教盛 赤間神宮所蔵
泣けど叫べど、漕ぎ行く船は、白波の尾を引いて次第に小さくなってゆくばかり。
今はまだそれほど遠くを進んではいるのではないけれど、涙にくれて船がかすんでゆく。
ふと思いついてように近くの丘に走りのぼって、いつまでもいつまでも沖の方を見やったまま、けしつぶのような船に向かって手を振った。
ほどなく船はまったく見えなくなり、日もどっぷりと暮れた。
しかし、俊寛は一人きりの小屋に戻る気にはなれない。
生きる望みさえ絶たれた気がしてきた。
寄せては返す波に足を洗わせながら、絶望の夜を泣き明かす。
泣き明かすと、日の出とともにわずかに気力が戻ってきた。
成経に一縷(いちる)の望みをかけた。
成経殿は情け深いので、いいように計らってくれるだろう。
清盛殿にわたしの助命を一心に頼んでくれるだろう。
他方、赦免されて都へ戻ってゆく成経と康頼は、平教盛(のりもり:清盛の弟で成経の義父)の領地である肥前の国(長崎県)鹿瀬の庄に着いた。
そこへ教盛から知らせがはいった。
「年内は波風が激しく、道中が覚束ない。春をまって帰京するがよい」
ふたりは、鹿瀬の庄で年を越した。
治承3(1179)年正月下旬、鹿瀬の庄を発ったが余寒がまだ厳しく、海も荒れた。
2月20日ころ、備前の児島に到着。
成経の父・藤原成親がいたという有木の別所を訪れた。
成親が、竹の柱や古びたふすまに言葉を書き残している。
「亡くなった人の形見として、筆跡に勝るものはない。書き残しておいてくれなかったら、どうして目にすることができただろう」
成親と康頼は泣きながら懐かしい成親の水茎の跡を読んだ。
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平家物語の群像 鬼界ヶ島③分かれ道
平家物語の群像 鬼界ヶ島④有王、鬼界ケ島へ
有王、俊寛と再会
俊寛には、身の回りの世話をさせるために召し使っていた童子がいた。
俊寛は、その童子をとても可愛がっていた。
名を、有王(ありおう)という。
ある日、鬼界ケ島の流人たちが帰ってくると聞いて鳥羽まで迎えに行ったが、主人の姿はなかった。
近くの人に、「俊寛様は如何なされたのでしょう」と尋ねると、
「罪が重く、一人だけ島に残されている」とのこと。
有王は平家一門の邸宅が集まっている六波羅で、俊寛がいつ赦免されるのか尋ねて歩いたが、だれも知らなかった。
それから俊寛の娘が、隠れ住んでいる場所へ出かけた。
「父上様は戻っていられません。私はこれから鬼界ケ島にわたって、俊寛様のご様子を伺ってきます。姫様には是非、一筆お願い致します」
俊寛の娘はたいへん喜んで、手紙を認めると有王に託した。
有王は3月の末に都を発って、薩摩へ下った。
鬼界ケ島へ行くことを許してくれそうもないので、父と母には知らせていない。
薩摩から鬼界ケ島へわたる船着場では、怪しまれて着物を剥ぎ取られたりしたが、預かっている手紙は元結いの中に隠している。
ようやく鬼界ケ島にたどり着くと、島には田も畑もなければ、村も里もない。
人を見かけることがあっても、言葉は通じない。
有王は何とかして島の人々に俊寛のことを聞き出そうとするが、手がかりすらつかめなかった。
ある朝、有王は海辺でひとりの乞食を見かけ、俊寛のことを尋ねてみた。
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平家物語の群像 鬼界ヶ島⑤俊寛、有王との再会そして死
俊寛僧都の墓
乞食はもとは法師のようだが、ボロボロの衣服を身にまとっている。
有王が俊寛のことを尋ねると、乞食は「私かその俊寛だよ」と言ったなり、バッタリと前のめりに倒れた。
気を失ったようだ。
有王は変わり果てた主人の姿に胸がつぶれそうだったが、俊寛は俊寛で有王が目の前にいることに驚いて心の均衡を失ったのだろう。
しばらくして意識を取り戻すと、俊寛は、鬼界ヶ島での様々な苦労を語りはじめた。
それから、棲家としている小屋へ有王を連れて行った。
かつて法勝寺の執行職として多くの従者を抱えていた人物の住まいとはとても思えない、廃屋同然のあばら屋である。
雨露を凌ぐことさえ容易でないだろう。
家族の消息をたずねる俊寛に、有王は若君と北の方はすでに亡くなったことを告げて、姫からの手紙を差し出した。
俊寛はすっかり生きる張り合いを失くして、娘の行く末を案じつつも食を断つ。
そして有王が島にきて23日目、念仏を唱えながら37年間の命を終えた。
有王は遺体を荼毘に付し、帰京して姫に報告した。
嘆き悲しんだ姫は12歳で尼になり、奈良の法華寺にはいって父母の後世を弔った。
○俊寛僧都の墓の所在地は、鹿児島県の喜界ヶ島のほか、佐賀市の法勝寺、長崎県の伊王島、山口県長門市の湯本温泉などいろいろある。
○流刑地である鬼界ヶ島の場所についても、鹿児島県大島郡の喜界島、鹿児島郡三島村の硫黄島、長崎市の伊王島など諸説あるようだ。
○ひそかに島を脱出したという説もあって、鹿児島県阿久根市や出水市、佐賀市などに俊寛に関する言い伝えが残っている。
俊寛にちなんだ文芸作品
世阿弥『俊寛』 近松門左衛門『平家女護島』
倉田百三『俊寛』 菊池寛『俊寛』
芥川龍之介『俊寛』 本條秀太郎『俚奏楽 俊寛』
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平家物語の群像 祇王①清盛と祇王
祇王 北斎:戴斗改為一筆
平家物語は冒頭で、「諸行無常(万物は流転する)」と説き、「盛者は必ず衰える」と内外の権勢家たちの例を引いている。
そうした波乱にみちた権勢家たちの掉尾を、平清盛が飾る。
(原文)まぢかくは、六波羅の入道前(さき)の太政大臣、平の朝臣(あそん)淸盛公と申し人のありさま、伝へ承るこそ心も詞(ことば)も及ばれね。
(訳)最近では、六波羅におられた前太政大臣・平清盛公という方の生前の様子を伝え聞くと、(その暴虐非道ぶりは)想像することも、言葉で表現することも出来ないほどである。
清盛こそ、最悪の人物と言いたげだ。
清盛が史上まれにみる極悪人であることを裏付けるために、平家物語はふたつの象徴的なエピソードを挿入した。
そのひとつが、『祇王』である。
清盛が最高権力者として権勢をふるい、平家一門がこの世の春を謳歌していたころ、祇王・祇女(ぎおう・ぎじょ)という白拍子(舞姫)の姉妹が、都で大変な人気を博していた。
白拍子といえば、源義経の愛妾・静(しずか)御前が有名だろうか。
ある日、祇王と祇女は、彼女たちの芸の素晴らしさに感じ入った清盛の屋敷に迎えられた。
清盛は舞いを堪能しているうちに、いつしか祇王を寵愛するようになる。
彼女らの母・刀自(とじ)にも毎月、十分なお金や米を送っている上に、家も建ててやった。
母子三人は物質的にも恵まれ、幸せな日々を送っていた。
世の女性たちの中には、祇王にあやかろうと自分の名前に「祇」の文字を付ける者さえいた。
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平家物語の群像 祇王②清盛と祇王と仏
仏御前 井上安治画
祇王が清盛の寵愛を受けてから3年たったころ、舞いが際立って達者な白拍子が現れ、都中の人気をさらっていた。
加賀の出身で、名は仏、年は16。
「昔よりおほくの白拍子ありしが、かゝる舞ひはいまだ見ず」
舞いの名手として、評価もすこぶる高い。
仏はまだ16歳、ちやほやされて舞い上がるのも無理はない。
「都中に人気の高いわたしが、今をときめく清盛公に呼んでいただけないのは残念です。遊び女(め)の習い、遠慮することはありますまい。こちらから御屋敷に押しかけてみましょう」
こわいもの知らずの仏は、清盛の屋敷へ出かけて行った。
「いま評判の、仏という白拍子が来ております」
取次ぎが申し述べると、
清盛は、「何だ、遊び女はこちらが呼んでから来るものだ。呼ばれてもいないのに、自分の方から押しかけて来るとは何事だ。しかも白拍子なら、ここに祇王がいる。神だろうが仏だろうが、用はない。さっさと追い返せ」
仏がすごすごと帰ろうとしていると、祇王が清盛にとりなした。
「遊び女が自分から参上するのは、私たち白拍子の世界では普通のことです。しかも、仏は年端もいかないよう様子。せめて、目通りだけでも許してやって下さい」
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平家物語の群像 祇王③心変わり
祇王は一首、襖に書き残した
かわいい祇王のいうことならと、清盛は仏を屋敷に招き入れた。
「会う気はなかったが、祇王が是非にというから来てもらった。今様(いまよう:流行歌)の一つでも歌ってみよ」
仏は、清盛の前で今様を即興で歌った。
○君を初めて見る折は 千代も経ぬべし姫小松
御前の池なる亀岡に 鶴こそ群れ居て遊ぶめれ
初めて拝顔の栄に浴します君(清盛)は、(とても立派な方なので、)姫小松(仏)は千年も命が延びそうです。御前(清盛)の前の池にある亀山に、鶴が群がって遊んでいるようです
仏は見目麗しい上に、歌声がうっとりするほど綺麗である。
清盛の心が動いた。
「大したものだ。舞いも一つ見てやろう」
仏はとうに古今に例のないほどの舞いの名手として、都中に知れ渡っている。
清盛は、仏のみごとな舞いに魅了された。
気持ちは、すっかり祇王から仏に移っていた。
つい先ほど、「白拍子に用はない。追い返せ」とすげなく突き放していたのが、「ずっとこの屋敷に住むがいい」
君子は豹変する、か。
仏は腕に覚えのある芸を、当代の英雄の前で披露したかっただけである。
祇王の座を奪おうという気持ちはさらさらない。
仏は辞退した。
すると清盛は、「祇王があるをはばかるか。その儀ならば祇王をこそいださめ」と祇王に屋敷を出ていくよう命じた。
祇王にとって、3年も住んだ屋敷であり名残惜しくもある。
襖に一首、書き残した。
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平家物語の群像 祇王④ただ泣き伏すばかり
祇王の歌碑 若一(にゃくいち)神社 京都
いつか、捨てられるときが来るのではないか。
祇王は、遊び女の習いとして、心の中でひそかに恐れてはいたものの、なんの予兆もなく、しかもこんな形で、突然、その時がやって来るとは。
つゆ想像していなかった。
それも、ついさっきのことである。
目通りさえ許されないままに追い返されようとした同じ白拍子の仏に情けをかけて、清盛に引き合わせたのは。
その温情ゆえに、清盛の寵愛を若い仏に奪われてしまった。
その遣る瀬ない恨みつらみは、いつまでも祇王の心をさいなみ続ける。
家に帰りつくと、そのまま倒れこんでしまった。
母親の刀自や妹の祇女が、何を語りかけても、ただただ泣き伏すばかり。
言葉を発する気力すらない。
清盛から刀自に送られていた毎月の仕送りも止められ、生活が困窮していった。
他方、仏御前に縁の者は目に見えて裕福になってゆく。
祇王が清盛の屋敷を出されたと聞きつけた男たちは、さっそく手紙や使者をよこす。
白拍子である祇王には仕事がはいったのだが、さすがに気が進まない。
来る日もくる日も、涙にくれるばかりだった。
明くる年の春、清盛からの使者がやってきた。
「参って歌うなり舞うなりして、仏御前の所在なさを慰めよ」
歌や舞いを披露して、退屈している仏御前を慰めろという。
何と無慈悲で無神経な言い草だろうか。
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平家物語の群像 祇王⑤心のうちこそむざんなれ
祇王寺の門 京都嵯峨野
あまりの屈辱に、祇王はしばらく返事をしないでいた。
すると清盛から、「なぜ来ない。来ないなら、こちらにも考えがある」
横暴な権力者の、脅しのような催促である。
さすがに母の刀自がみかねて、
「清盛公に、返事だけでもしなさい」
祇王はかぶりを振って、
「行くつもりなら返事をします。行くつもりがないのです。捨てられた身が、どうして今さら清盛様にお目にかかれましょう」
「都に住むからには、清盛公のご命令には背けないよ」
さとす刀自に、祇王は、
「考えがあると仰るからには、都から追い出されるか命を召されるかでしょう」
そして、覚悟したかのように、
「都から追放されても構いません、命など惜しくはありません」
「お前と祇女は若いから、田舎暮らしもできよう。年老いた私は、野辺の暮らしを思うだけでつらくなる。親孝行とおもって、どうか都に住まわせておくれ」
母親にここまで言われたら、もはや逆らえない。
祇王はやはり心細く、祇女とふたりの白拍子をともなって清盛の屋敷に出かけた。
このときの祇王の胸のうちを、『平家物語』はこう記す。
「泣く泣く又出立ける心のうちこそむざん(むごい)なれ」
それにしても、自分が都を離れたくないから祇王につらい思いを強いる刀自の本意は、どこにあったのだろうか。
考えようによっては、娘の気持ちを顧みないひどく身勝手な母親である。
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平家物語の群像 祇王⑥仏も昔は凡夫なり われらも終には仏なり
祇王寺 苔の庭
清盛の屋敷につくと、祇王はかつてあてがわれていた部屋より、ずっと下の身分の者がいる部屋に案内された。
そのことを伝え聞いた仏御前は、祇王が気の毒でならない。
清盛に願いでる。
「祇王さんをこちらへ通して、わたしには暇を出して下さい」
もちろん清盛は聞き入れない。
扱いのひどさに、悔しいやら情けないやらで祇王が涙をふいていると、清盛が現れた。
「 まず今様をひとつ歌うて、仏御前を慰めよ」
祇王は、何があっても逆らうまいとの覚悟でやってきた。
無念の涙をこらえながら歌った今様。
仏も昔は凡夫なり われらも終(つひ)には仏なり
いずれも仏性具せる身を 隔つるのみこそ悲しけれ
(お釈迦様も昔は普通の人でした。私たちも悟りを開けば仏様になれる身。いずれ(仏御前と私)も、仏様になれる本性をそなえた人なのに、私だけが差別されるのは悲しいことです)
祇王は、後白河法皇撰『梁塵秘抄』に収められている、
仏も昔は人なりき 我等も終には仏なり
三身仏性具せる身と 知らざりけるこそあはれなれ
という仏教歌謡の末二句を替えた。
哀切な歌声に、居並ぶ公達はみんな感涙にむせんだ。
清盛だけは、祇王の心情に無頓着、
「よく歌うた。つぎは舞いも見よう。時々来て仏を慰めよ」
祇王はさすがに返事もできず、涙とともに屋敷を飛び出した。
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平家物語の群像 祇王⑦出家、奥嵯峨へ
祇王寺と奥嵯峨周辺
またしても清盛に辱めを受けた祇王は、刀自の顔を見ると、こらえていた悲しみがいっぺんにこみ上げてきた。
「母上の言いつけに背くまいと、お屋敷に出かけました」
だが、もう耐えられない。
「この世にある限り、どれだけつらい目に遭わされるか分かりません」
祇王は、刀自に身を投げる決意を明かした。
「わたしも、お姉様にお供します」
そばで聴いていた妹の祇女も、死ぬという。
刀自は、ふたりの娘に先立たれては生きていけない。
「清盛公のお屋敷で、それほどつらい目に遭おうとは思わなかった。許しておくれ。お前たちが逝って、年老いた私だけが生き残っても仕方がない」
娘たちと一緒に死のうと思ったが、み仏の戒めが頭をよぎる。
「私が死ねば五逆罪の一つ、母を殺す罪にあたる。この世は仮の世、どんな恥も忍ぼう」
しかし来世までも、お前たちふたりに罪を背負わせるわけにはいかない。
「確かに親殺しは五逆罪の一つ。死ぬことはあきらめます。どこか遠い所に行きましょう」
死ぬことを思いとどまった祇王は、俗世を捨てることを決意。
時に、祇王21。
髪をおろして尼になり、嵯峨野の山里にかくれ、庵を結んた。
19歳の祇女も、つづいて出家。
45になる刀自もまた、髪を剃って仏門にはいった。
しかし念仏生活に入ったからといって、祇王の心のいた手がすぐに癒されるわけではなかった。
念仏を一心に唱えようとしても、清盛の心ない仕打ちを思い出しては、気持ちが波立つ。
仏御前の顔が浮かんでは、心が乱れる。
悲しい運命に気持ちは沈みがちで、涙々の明け暮れである。
悟りの境地は、はるかに遠い。
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平家物語の群像 祇王⑧つきせぬ物は涙なり
なんと仏御前が……
原文
《かくて春過ぎ夏たけぬ、秋の初風吹きぬれば、星合の空を眺めつゝ、天のとわたる梶の葉に思ふこと書くころなれや。夕日のかげの西の山のはに隠るるを見ても、
「日の入り給ふ所は、西方浄土にてあんなり。いつか我らもかしこに生まれて、物を思はですぐさむずらん」
と、かかるにつけても過ぎにしかたのうき事ども思ひ続けて、唯つきせぬ物は涙なり。
たそかれ時も過ぎぬれば、竹の網戸を閉ぢふさぎ、灯かすかにかきたてて、親子三人念仏してゐたる処に、竹の網戸をほと/\とうちたゝく者出で来たり》
……
文体は対照的ですが、冒頭の『祇園精舎』や『殿上の闇討』と並んで、有名な部分です。
…… …… ……
嵯峨野に庵を結んだのは、春。
夏が過ぎて、山里に秋の風が吹きはじめたころ、
親子3人、夕日が西のほうの山に沈むのを眺めていた。
「夕日のように、いつか私たちも西方浄土に生まれ変わって、何の悩みもなく日々を平穏に暮らしたいものですね」
それにつけても、よみがえってくるのは過ぎた日々のつらかった思い出の数々。
今なお、祇王の涙は枯れることがない。
ある夜更け、いつものように、ほのかな灯りの下で念仏を唱えていると、玄関の竹の網戸をたたく者がいる。
「魔性の者が、念仏の邪魔をしようというのでしょうか」
なにしろ竹の網戸である。
「女3人、力を合わせて防いでも、魔物はやすやすと押し入って来ましょう」
命を奪おうとするなら、それもよし。
「今は阿弥陀様の御本願を信じて、お念仏を唱えましょう」
3人で念仏の声を合わせながら、竹の網戸を開けた。
魔物なんかではなかった。
「たがひに心をいましめて、竹の網戸を開けたれば、魔縁にてはなかりけり。仏御前ぞ出で来たり」
なんと、思いもよらない。
仏御前が、目の前に立っているではないか。
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平家物語の群像 祇王⑨仏御前の思い
念仏三昧 祇王寺
原文
祇王、「あれはいかに、仏御前と見奉るは、夢かや現(うつつ)か」と言ひければ、仏御前、涙をおさえて、
「かやうの事申せば、すべて事新しう候へども、申さずはまた思ひ知らぬ身ともなりぬべければ、初めよりして申すなり。
もとよりわらはも推参の者にて、出だされ参らせ候ひしを、祇王御前の申し状によつてこそ、召し返されても候ふに、女のかひなき事、我が身を心に任せずして、おしとどめられ参らせし事、心憂くこそ候ひしか」
…… …… ……
「仏御前とお見受けしますが、夢でしょうか」
祇王がたずねると、仏御前は涙を抑えて、
「今さらですが、申し上げなければ人の情けも世の道理もわきまえない女になってしまいます。
私が清盛様のお屋敷に押しかけて、お目通りが叶わなかったところを、祇王様のおとりなしで召し返されました。それなのに、祇王様が暇を出されて私が留めおかれました」
恩を受けた祇王を追い出すことになってしまい、仏御前は心苦しく思っていたという。
また、祇王がふすまに書き残した和歌「萌え出づるも 枯るるも同じ野辺の草 いづれか秋に逢はで果つべき」も、
涙ながらに歌った今様「いずれも仏性具せる身を 隔つるのみこそ悲しけれ」も、心に深く沁みた。
仏御前自身、いつ同じ目にあうかもしれない。
「そんなことを思いますと、清盛様のご寵愛がすこしも嬉しくはないのです」
祇王が、母やと妹と一緒に出家したと伝え聞いたとき、羨ましくてならなかった。
「この世の栄華は一時の夢。こうして、忍んで参ったのです」
頭からかぶっていた着物を脱ぐと、若い尼がそこにいた。
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平家物語の群像 祇王⑩祇王・祇女・仏・刀自、往生
祇王・祇女・刀自の墓&清盛公供養塔
「この尼姿に免じて、これまでのことはどうぞお許し下さい。もし許して頂けますのなら、こちらでご一緒にお念仏申して、極楽浄土へお供いたしとうございます」
もし叶いませぬなら、どこへでもさ迷い歩いて倒れるまでお念仏を続け、往生の本懐を遂げるつもりでございます
涙ながらに訴えた。
仏御前の胸をつくような言葉に、祇王は、
「そこまで思いつめていられるとは夢にもおもわず、あなたをお恨みしてお念仏も乱れがちでした。でも、あなたのお姿を拝見して、日頃の恨みなどすっかり晴れてしまいました」
この世に恨みを残したままでは、来世での幸福もおぼつかないと思っていました。
でも、もう大丈夫。
私も、清らかな心で往生できます。
「私たちは、ままならぬ世の中をうらんで出家しましたが、あなたは幸福のただなかで、しかも17歳という若さで、自ら髪を下ろされました」
何と尊いお心でしょう。
「あなたこそ、私たちを極楽浄土へ導いて下さる方です。ご一緒に阿弥陀様のもとへ参りましょう」
それから、4人はおなじ庵にこもって朝夕に念仏を唱え、それぞれ往生の本懐を遂げたという。。
御白河法皇の持仏堂であった長講堂の過去帳に、「祇王・祇女・仏・刀自」の連名で書き留められている。(完)
…… …… ……
この挿話が、どれほど一代の英傑・平清盛のイメージと人気を落としていることか。
清盛公が気の毒でもある。
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平家物語の群像 二位の尼①私だけが全てをみた
平忠盛と祇園女御
思えば、主だった平家の人々で一門の栄枯盛衰のすべてを見知っているのは、二位の尼・時子だけである。
伊勢国の受領から、太政大臣に上りつめて我が世の春を謳歌したものの、清盛後にリーダーを得ず、源氏に追われて瀬戸内海の海に散った平家。
盛者必滅の見本を示すためにのみ、歴史に登場したかのような一族。
それらの全てを、時子はただ一人、平氏の一員として痛切に体験した。
義父である忠盛が、北面の武士からその才覚と胆力と財力をもって清涼殿への昇殿を許されて、貴族への仲間入りを果たした。
そして、忠盛からバトンを受けた夫の清盛が、昇竜の勢いでまたたくまに天下の覇権をにぎる。
大づかみに言うと、忠盛が一門の抬頭期をにない、清盛が全盛期へと導いた。
だが、一門の繁栄を築き上げた清盛は、平家がまだ我が世の春を謳歌していたころ、病に伏して他界してしまった。
ということは、忠盛は上り坂のみを、清盛は上り坂と絶頂期を知っている。
ふたりとも、衰退期を知らない。
時子の実子ではないが、保元・平治の乱で活躍した嫡男の重盛もまた父・清盛に先立っているので、上り坂と華やかなりし頃は見知っているが、下り坂を知らない。
実子である宗盛以下の子供たちが物心ついた頃には、父・清盛はすでに中央政界の大立者にのし上がっていた。
いはば彼らは、生まれながらの公達である。
だが、彼らが都大路を肩で風を切って歩いたのは束の間。
義仲や義経に追われて西国へ逃れ、壇ノ浦の藻屑と消えた。
つまり、清盛の子供と孫らは発展期を知らず、頂きと下降期と奈落の底を知る。
ただひとり、清盛とともに平家の隆盛を築いた二位尼・時子だけが、一門の栄枯盛衰すべての歩みを見届けてから、孫の安徳天皇を抱いて、海に身をひるがえした。
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平家物語の群像 二位尼②武家平氏と公家平氏
平氏系図
時子は、清盛と同じく桓武平氏の血筋を引いているが、系統が違う。
清盛の父祖が伊勢地方に受領として土着したのに対して、時子の家は中級貴族として代々朝廷に仕えていた。
清盛は山っ気のある中小企業のオーナーの後継者で、時子は安定した中央官庁の中堅幹部の娘と思ったらいいだろうか。
清盛の父祖は、成功して莫大な財産をためこんだ。
時子の方はいろんな面で安定はしているものの、生活水準は並みであろう。
前者を武家平氏、後者を公家平氏(堂上平氏)という。
大治元(1126)年、時子は平時信と二条大宮(令子内親王)の半物(はしたもの、下仕えの女房)のあいだに生れた。
「平家にあらずんば人にあらず」で有名な時忠は、同母弟。
高倉天皇の生母建春門院(滋子)は、異母妹である。
時子は自らの第一子である宗盛の誕生により、清盛の後妻として迎えられたというが定かではない。
清盛の最初の妻は、『平家物語』の作者が大好きな嫡男重盛と基盛を産んだが、病気で早く亡くなっている。
時子は、宗盛のほかに知盛、重衡、徳子らを産んだ。
先にみたように、平家の興亡を知り尽くしている時子だが、『平家物語』の中で主役級の役割を与えられている場面は意外に少ない。
どちらかというと、脇役に甘んじている。
幾つかのエピソードを拾ってみよう。
まず、娘徳子の夫である高倉天皇の愛人問題から。
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平家物語の群像 二位尼③高倉の恋
高倉天皇 宮内庁蔵『天子摂関御影』
平家物語は、高倉天皇を好色な人物には描いていない。
どちらかというと、清潔で理性的なヒューマニストである。
あちらこちらに見境なく落とし胤をばらまいている、色好みの白河法皇と好対照をなしている。
そんな高倉も恋はした。
いつも、身を焦がすほどに真剣であった。
なかでも有名な恋人は、小督局(こごうのつぼね)であろう。
彼女は保元の乱後に、政治を動かしていた藤原信西の孫。
この種の挿話には珍しく、間違いなく実在した女性である。
高倉には、小督局の前に、「初恋の人」葵女御がいた。
彼女との悲恋は泣かせる。
ただ、小督局と葵女御のときには清盛と徳子は登場するが、二位尼・時子はほとんど姿を見せない。
恋愛話としては、こちらの方がはるかに面白く、また切ないが、別の機会に譲りたい。
時子が主体的に大きく関わったのは、高倉が、藤原信隆の娘(藤原殖子しょくし たねこ)を寵愛した時である。
言うまでもなく、挿話ではなく本編での話だ。
史実にきわめて近い。
彼女が徳子に女房として仕えていたころ、高倉の目に留まったという。
そして、何人かの子供を産んだ。
敏感な読者はもうお分かりだろう。
こちらは恋愛話というよりも、生臭い政治的な色彩がきわめて濃い。
藤原信隆は、中宮徳子の父・清盛の権勢を怖れて、皇子の誕生をひた隠しにした。
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