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Channel: 吉備路残照△古代ロマン
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のぞきの系譜@記紀神話 イザナギとイザナミ②

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$吉備路残照△古代ロマン-黄泉比良坂 黄泉比良坂(よもつひらさか:黄泉の国への入口)島根県八束郡東出雲町

イザナギとイザナミは、天の御柱をそれぞれ反対側から回り、出会ったところで、イザナミが先に、「なんて素敵な方なんでしょう」と呼びかけた

それから、イザナギが、「実にかわいい娘だ」と応じ、契りを結んだ。

ところが、生まれてきたのは未熟児で奇形のヒルコ(不具の子。葦の舟に入れられオノゴロ島から流される)。


そのことを高天原の先輩神に相談すると、男神のイザナギ主導でなく、女神であるイザナミが先に声をかけたのが原因と判断された。

そこで、改めて天の御柱をそれぞれ反対側から回って、今度はイザナギが先に声を掛けると、イザナミは無事に淡路島ほか七つの島を産むことができた。

これを大八島国(おおやしまぐに)といい、さらに六つの小島を産んだ。


国産みを終えると、次に多くの神々を産み始める。

そして、火の神・カグツチを産み落したとき、燃え盛るカグツチの火によって陰部に大火傷を負い、イザナミは命を落とした。

イザナミの亡骸は、出雲国と伯耆国の境に聳える比婆山(ひばやま)に葬られる。

悲しみに沈むイザナギは、神産みが終わっていないこともあって、黄泉の国(死者の世界)へ妻を連れ戻しに向かった。


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のぞきの系譜@記紀神話 イザナギとイザナミ③

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$吉備路残照△古代ロマン-スサノオ スサノオ(イザナギの長男 アマテラスの弟)

イザナギが黄泉の国に着くと、イザナミが生前の可憐な姿で、出迎えてくれた。

「私は帰りたいのですが、すでに黄泉の国の食べ物を口にしたので帰れません。黄泉の国を支配している神に、特別に許しをもらってきます。それまでお待ちになって。決して、私の姿を見ないで下さい」と言い残して、奥へ入っていった。

私たちの住んでいる葦原中国(あしはらのなかつくに:地上)と、黄泉の国は行き来できるだけでなく、どうやら会話も成り立ったらしい。


だが、待てど暮らせど、イザナミは行ったきり戻ってこない。

しびれを切らしたイザナギが約束を破って奥の方をのぞいてみると、腐敗しきって異臭を放つイザナミの身体にはウジ虫が這い回り、穢れから生まれた雷神が湧き出している。

変わり果てた妻の姿に震え上がったイザナギは、一目散に逃げ帰った。


イザナミは、「よくも、わたしに恥をかかせたな!」と逆上。

配下の鬼女や雷どもに追わせたが、イザナギは苦心惨澹の末、やっとの思いで逃げ切った。

地上へ出たイザナギが、黄泉比良坂への入口を大岩で塞いでいるところに、イザナミ自身が追いついて来た。


イザナギが離別を告げると、イザナミは、「それなら今後、毎日、地上の人々を千人ずつ殺します」。

イザナギは、「ならば、私は毎日、千五百の産屋を建てよう」。


イザナギは、黄泉の国での穢(けが)れを祓(はら)うため、南九州の日向(ひむか)に向かった。

そこで、禊(みそぎ)をしているうちにたくさんの神々を産み、最後に、アマテラスとツクヨミ、そしてスサノオを産んだ。

なんのことはない。

神代(かみよ)では、男神が単身で子供を産めたようである。


イザナギとイザナミ、アマテラスとスサノオ。

日本神話界のスターたちは、それぞれのケースで、最後に産まれた神々のようだ。


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のぞきの系譜@記紀神話  山幸彦とトヨタマビメ①

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$吉備路残照△古代ロマン-浅間大社奥宮  浅間大社奥宮  富士山頂

スサノヲの娘婿であるオオクニヌシの国譲りの後、アマテラスの孫であるニニギが、高天原から葦原中国(地上)を支配するために、日向の高千穂峰に降臨した。

ある日、ニニギが笠沙の岬を歩いているとき、その名も美しいコノハナサクヤビメに出会い、見初め、求婚した。


コノハナサクヤビメは、富士山本宮浅間大社など、国内約1300社の浅間神社に祀られている。

つまり、富士山頂に鎮座している浅間大社奥宮には、コノハナサクヤビメが祀られているのだ。


そう思えば、ただただ単調で退屈な坂道が延々と続くだけで、小鳥たちのさえずりも、小川のせせらぎも聞こえてこない。

富士山に二度のぼる馬鹿、といわれるゆえんだろう。

お花畑に目を楽しめることも、樹間を歩くこともない富士登山に、少しは気合が入るというもの。


コノハナサクヤビメの父親・オホヤマツミは大いに喜び、献上品とともに姉のイワナガヒメも一緒に嫁がせようとしたが、ニニギは非情にも、姉は醜いからと送り返した。


オホヤマツミは、ニニギに告げる。

「イワナガヒメを差し上げたのは天孫が岩のように永遠のものとなるように、コノハナノサクヤビメを差し上げたのは天孫が花のように繁栄するようにと誓約を立てたからです。今回、イワナガヒメを送り返されたことで、天孫の寿命は永遠ではなくなるでしょう」。

こうして、ニニギの子孫は寿命を持つことになった。


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のぞきの系譜@記紀神話  山幸彦とトヨタマビメ②

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$吉備路残照△古代ロマン-コノハナサクヤビメ コノハナサクヤビメ 炎の中の出産

ニニギは、現代人の感覚からすると必ずしも徳性高く描かれてはいない。

どちらかというと狭量で、肩を怒らせて歩いている町のあんちゃんのようだ。

醜いからとイワナガヒメを送り返したことに加え、一夜の契りで身籠ったコノハナサクヤビメを、「どこかの国津神(くにつがみ:地上の神)の子なんだろう」と、妻をひどく責め立てる。


コノハナサクヤビメは、「もし天孫の子でなかったら無事に生まれないでしょう」というと、出入り口のない産屋に籠って火を放った。

やがて、炎が燃えさかる中でホデリ(火照命)、ホスセリ(火須勢理命)、ホヲリ(火遠理命)の三人の子を出産する。


この伝説から、コノハナサクヤビメは火を鎮める水神とされ、富士山の噴火を鎮めるため、浅間大社に祀られているのだ。

三人のうち、長子のホデリは漁を、三子のホヲリは狩りを生業とした。

それぞれ海幸彦(うみさちひこ)、山幸彦(やまさちひこ)と呼ばれる。


ある日、山幸彦は、しぶる兄の海幸彦を拝み倒して、獲物をとる道具を交換した。

しかし、いっこうに魚が釣れないばかりか、海幸彦が大事にしている釣り針を海で失くしてしまった。

海幸彦は、山幸彦がどんなに謝っても許してくれない。

「あの釣り針を返せ!!早く返せ!!」


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のぞきの系譜@記紀神話  山幸彦とトヨタマビメ③

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$吉備路残照△古代ロマン-わだつみのいろこの宮 わだつみのいろこの宮 青木 繁

山幸彦が海辺で泣いていると、海の神・シオツチ(塩椎神)が現れ、ワタツミ(綿津見)の宮へ行くようにすすめた。

シオツチが教えてくれた通り海中深くもぐっていくと、ワタツミの宮に行き着いた。

着くとすぐに山幸彦はトヨタマビメと出会い、互いに一目惚れして直ちに結ばれた。

歌垣などで自由恋愛だったことが偲ばれる万葉の頃よりもっと、神話の世界では屈託がなかったようだ。


夢のように楽しい生活も、3年近く月日が流れたある日、山幸彦はワタツミの宮にやってきた理由を思い出して、深いため息をついた。

事情を聴いたワタツミが海の魚たちを集めて調べると、赤鯛のノドに海幸彦の釣り針が刺さっている。

山幸彦は海幸彦を懲らしめる秘策をワタツミに授かると、サメにまたがり、一日で地上に帰り着いた。

弟の懲らしめに耐え切れなくなった兄は、守護人として弟に仕えることを誓い、隼人の祖となった。


このことは、南九州に住む人々と皇族は元をただせば兄弟であることを意味する。

両者とも、ニニギコノハナサクヤビメの血が流れているのだ。

そんな時、山幸彦の子を身籠ったトヨタマビメが出産するため地上にやってきた。


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のぞきの系譜@記紀神話  山幸彦とトヨタマビメ④

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$吉備路残照△古代ロマン-トヨタマヒメ トヨタマヒメが乗ってきた亀が石になった 鵜戸神社 宮崎県日南市大字宮浦

「天孫の子を、海原で産むわけにはいかない」という。

すぐに産屋を建て始めるが、完成する前に、トヨタマヒメは産気づいてしまった。

トヨタマヒメは産屋に入るとき、「お産のあいだ、決して中を見ないで下さい。」と山幸彦に強く頼んだ。


「見ないで!!」と言われたので、つい見たくなったのだろうか。

このへんの心理、平成の凡夫にも、分からないではない。

山幸彦は、産屋の中の様子を隙間からこっそり覗いてみた。


すると、どうだろう。

トヨタマヒメが大きなワニ(サメ)に変貌して、部屋中をのたうち回っているではないか。

妻本来の、あられもない姿に仰天した山幸彦は、われを忘れて逃げ出した。


イザナギが、黄泉の国で、妻イザナミの腐乱した姿を目撃したときの行動と同じだ。

イザナミは、異形の者に姿を変えていたわけではない。

女神が業みたいなものを引き受けて苦しんでいる一方、男神は逃げ出してばかりである。


彼らに限らず、男という生き物、地に足がついていないのか、どうも軽い。

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のぞきの系譜@記紀神話  山幸彦とトヨタマビメ⑤

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$吉備路残照△古代ロマン-高千穂神社 高千穂神社 日向三代夫妻らを祀る 

ワニに姿を変えて出産している様子を、夫がのぞき見たことを知ったトヨタマビメは、悲しくもまた恥ずかしくもあって、生まれたばかりの子を地上に残したまま、海の道を塞いでワタツミの宮へ帰ってしまった。


その子が、ほとんどの人は覚える必要もないが、ウガヤフキアエズだ。

ニニギ……山幸彦……ウガヤフキアエズの三代を、日向三代という。

日向三代は、記紀の編纂者によって、高天原と地上を結ぶ役割を与えられているようだ。


ニニギの妻・コノハナサクヤビメは、山の神ヤマツミの娘。

山幸彦の妻・トヨタマヒメは、海の神シオツチの娘。

ここに、記紀神話の気宇壮大な目論見がある。

つまり、高天原から降臨した天孫族が、地上の山と海を支配下におさめたという象徴にしたのだ。


ワタツミの宮へ帰ったトヨタマビメは、置き去りにしてきたわが子・ウガヤフキアエズの養育係として、妹のタマヨリビメを地上へ遣わした。

タマヨリビメとウガヤフキアエズは叔母と甥の関係だか、のちに結婚して4人の子を儲ける。

その末子がイワレビコ、のちの神武天皇である。

ここまでが、神代(神の時代)の物語。

……           ……           ……
               
神武東征から人代(人の時代)が始まるが、互いに不幸しかもたらさない約束破りの「のぞき」は、男女が逆転して続く。

しかし、さすがに大地に根差している女は、男の正体に恐れおののいて、脱兎のごとく逃げ出したりしなかった。

                (記紀、主に古事記による)

                    
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のぞきの系譜@記紀神話  大物主と百襲姫①

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$吉備路残照△古代ロマン-神武東征 神武東征 経路

神代の昔。

イザナギは、黄泉の国で、全身にウジ虫などがたかっている妻・イザナミの変わり果てた姿をのぞき見したばかりに、恐怖のあまり逃げまどった。

イザナギの末裔・山幸彦は、地上で、出産時に巨大なワニの姿でのたうち回っている妻・トヨタマビメをのぞき見るや恐ろしくなって、おっとり刀で逃げ出した。


そうした男神たちの情けなさが露呈してしまった出来事から、どれほどの時間が流れたのか見当もつかない。


神話とはいえ世に名高い神武東征の結果、イハレビコは大和地方を平定し、初代天皇として即位した。

神武天皇である。


二代から九代までは、ほとんど事績がなく、欠史八代と呼ばれている。

天皇家の歴史をできるだけ長く見せて、権威を高めるための脚色のようだ。

戦前は、初代・神武から欠史八代を含めて、歴代天皇の名前を丸暗記させられたらしい。


学校などで、「さぁ~、大きな声で~元気よく~」。

①神武→(綏靖→安寧→懿徳→孝昭→孝安→孝霊→孝元→開化)→⑩崇神(すじん)→垂仁→景行→成務→仲哀→応神→仁徳→履中→反正→允恭→⑳安康→雄略……(中略)……孝明→明治→大正→昭和→今上

戦後生まれでよかった、とつくづく思う。


さて、十代・崇神天皇のとき、大和地方に疫病が蔓延し、多くの人々が亡くなった。

困り果てた崇神は、疫病の原因を探るために巫女の百襲姫(モモソヒメ)の神懸かりに頼った。

すると、三輪山の神・大物主(オオモノヌシ)が百襲姫に乗り移って、「わたしが疫病を蔓延させている」と告げる。

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のぞきの系譜@記紀神話  大物主と百襲姫②

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$吉備路残照△古代ロマン-三輪山 三輪山と大神(おおみわ)神社の大鳥居

そこで、大物主の要求に従って大物主を祀ったところ、疫病はピタリと収まった。

疫病がおさまると、野心家の崇神は、まだ大和政権に従属していない各地の豪族を平定するために、四道将軍を派遣する。

すなわち、オオビコ(大彦)を北陸道へ、タケヌナカワワケ(武渟川別)を東海道へ、キビツヒコ(吉備津彦)を西海道へ、タンバミチヌシ(丹波道主)を丹波道へ派遣して、それぞれの土地を平定させた。


それ以後、国が安定し栄えたことを称えて、日本書紀は崇神を、御肇國天皇はつくにしらすすめらみこと)と呼ぶ。

神武をさす始馭天下之天皇と表記こそ違うが、読みは同じ。

最初に国土を統治した天皇という意味の、はつくにしらすすめらみことだ。

つまり、日本最初の統治者が、ふたり存在することになる。


だが、神武はあくまで実在性の疑わしい神話の中の人物。

欠史八代を飛ばして、崇神が初代天皇とする説が有力だ。


その宮のおかれた地が、三輪山の山麓一帯に広がる纒向遺跡で、大和政権発祥の地として、近年とみに注目されている。

卑弥呼邪馬台国に比定する説も侮れない。


その三輪山の神は、先に疫病を流行らせた大物主

大物主は、出雲大社の主神・大国主ととても関係が深い。

疫病を鎮めた百襲姫は、のちに大物主の妻となった。


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のぞきの系譜@記紀神話  大物主と百襲姫③

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$吉備路残照△古代ロマン-箸墓古墳 箸墓(はしはか)古墳

しかし夫婦になっても、大物主(オオモノヌシ)は夜にしか、百襲姫(モモソヒメ)を訪ねてこない。

しかも、夜が明ける前にいつも帰ってしまう。

そこで、百襲姫は夫に頼んだ。

「どうか、お願いだから朝まで一緒にいて下さい。あなたの麗しいお姿を拝見したいのです」。


大物主は、「いいだろう。明朝、わたしは箱の中に入っている。百襲姫よ、わたしの姿を見て、決して驚かないように」。

だが、翌朝、百襲姫は箱を開けると、腰を抜かさんばかりに驚いて叫んでしまった。

そこには、小さな美しい蛇が……。

百襲姫が初めてのぞき見た、夫の正体はだったのだ。


大物主は怒って、「決して驚いてはいけない、と言ってあったのに。お前はわたしに恥をかかせた。お前も恥を見ることになろう」と言い残すと、空を駈けて、三輪山に帰って行った。


後悔と悲しみに打ちひしがれた百襲姫は泣き崩れ、座り込んだ拍子に陰部を箸で突いて絶命してしまった。

このことから、百襲姫の亡骸が葬られた墓が「箸の墓」、つまり箸墓古墳と伝えられている。

わが国最初の、巨大古墳(前方後円墳)である。


一方、箸墓古墳を卑弥呼の墓に比定する説がある。

もし、これら二つの言い伝えを採ると、百襲姫はすなはち女王・卑弥呼であり、三輪山麓の纒向(まきむく)遺跡こそ、邪馬台国ということになる。

そして、それが邪馬台国九州説に対する、畿内説の有力な根拠になっているのだ。


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自然との一体感 ①森羅万象との交響

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$吉備路残照△古代ロマン-緑 森羅万象との交響

あれはいったい何だったのだろう。

雨に洗われた木々の緑とわたしの魂とが、直につながり、響きあった。

どこか夢の中の出来事のようであり、現実のようでもあった。


親しく語りかけてくる樹木や草花、はてしなく広がる紺碧の空、心地よく頬を撫でていく涼風、激しく降ってくるセミたちの鳴き声。

それら自然のものと一体になった心持ちで、私は、山を下っていた。

しかし、両の足は地につかず、宙を踏んでいる。


わたしと森羅万象を隔てていた膜が1枚、剥がれたような気がした。

空の青や木々の緑が、かつてないほど鮮やかに見え、心に深くしみた。

風のそよぎやセミたちの絶唱が、無性にいとおしい。


大学1年の夏休み。

東京の私立大学に進んだわたしは、郷里の福岡へ初帰省していた。

学生時代を通して、帰省する時は、京都と大阪の大学に進んだ高校時代の同級生を訪ね歩いたあと、福岡市在住の友人らと遊びまわるのが常であった。


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自然との一体感 ②大野城址へ

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$吉備路残照△古代ロマン-大宰府天満宮 大宰府天満宮本殿 祈るは受験生をもつ父親か 1/14、15はセンター試験

その日は、JR博多駅で新幹線を降り、高校時代の同級生・Sの部屋に顔を出した。

ジョルジュ・ムスタキの『私の孤独』が流れていた。

その時、「おやっ、Sも、ムスタキを聴いているのか」と、一瞬だが、不遜な思いに囚われた。


東京から帰ってきたという、それ自体なんの意味もない事実のもたらした意識のありように、やや戸惑ったことを覚えている。

地方出身者のうち、東京でしばらく暮らすと、なぜか方言を口にしようとせず、同郷人に対しても、付け焼き刃の東京弁を使いたがる人種がいる。

その時の私の意識の中に、付け焼き刃の東京弁に通底するものがあったのかも知れない。


翌朝早く、Sと大宰府天満宮都府楼跡(大宰府政庁跡)、観世音寺などの後背をなす四王寺山(しおうじやま)に向かった。

四王寺山には、白村江の戦いに大敗した天智天皇が、唐・新羅連合軍の逆襲を警戒して、大宰府防衛のために築いた大野城の城跡が残っている。

朝鮮半島を追われた百済の築城家の指揮下、築いたといわれる古代朝鮮式山城てある。

吉備路の北方にそびえる鬼ノ城と兄弟のようなものだ。

その大野城址を探訪しようというわけである。


大宰府周辺には、古代の山城や水城、大伴旅人山上憶良らの万葉歌人、そして菅原道真にゆかりの深い遺跡など、遠の朝廷(とおのみかど)と呼ばれていただけあって見所が多い。


空は、朝からまぶしく、日中の猛暑を兆していた。

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自然との一体感 ③天候の急変

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$吉備路残照△古代ロマン-四王寺山 都府楼跡(とふろうあと:大宰府政庁跡)と四王寺山

西鉄大宰府駅で電車を降りて、四王寺山峠近くのあずまやに辿り着いたのは正午過ぎ。

駅前の店で買い込んでいたお握りとお茶を、ビニール袋から取り出した。

お気楽にビニール袋を手にぶら下げて、山道を歩いてきたのだ。


お握りを頬張っていると、朝から照りつけていた真夏の日差しが次第に弱まり、雲の量が急に増えた空から、ポツリポツリと雨が落ち始めた。

出かける時分は抜けるような青空だったし、高い山でもないし(410m)、雨具の用意など思いもよらなかった。


腹を満たすと、小雨の中を再び歩き始めた。

雨は、激しくはならないものの執拗に降り続いた。


だが、四王寺山の山頂を越えたあたりで、雨が本格的に地面を叩きはじめる。

足もとが滑りやすくなった。

もちろん、登山の服装でもなければ、登山靴を履いているわけでもない。


あずまやでも巨木でも何でもいい、どこかで雨をやり過ごせないものか。

ずっと左右に目を配りながら山を下って行ったが、雨をしのげる場所がいっこうに見つからない。

全身、ずぶ濡れだ。


ふもとの家並みが視界に入る頃になってやっと、土木工事の作業場らしい無人の小屋が目に入った。

小屋に走りこんで、入口に立っていると、目の前へ何度も何度も、濁流がものすごい勢いで押し寄せ、うず高く積んである砂利や赤土を、激しい音を立てて運んでいった。


トタン屋根を打つカミナリのような雨音が、耳をつんざく。

Sと話そうとしても、お互いの声がまったく聞き取れない。


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自然との一体感 ④生きとし生けるもの

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$吉備路残照△古代ロマン-せみ  生きとし生けるもの

小1時間はたったろうか、ようやく驟雨がおさまると、空が一気に晴れ上がっていった。

セミの声がよみがえって、生命力そのもののように、再びわたしの耳に届きはじめた。


午後4時近く。

ほっとした思いで、ふもとへの道をたどった。

山腹に立ち並ぶ樹木を見上げると、雨滴にぬれた無数の葉がつやつやと生い茂っている。

みずみずしい雨上がりだ。


そのうち、濃淡を織り交ぜた木々の緑とわたしの内なる何かが、どこかで交感するようになり、わたしから次第に現実感覚が遠のいていった。

今、こうして大いなる自然の中に生きている、いや生かされている。

心の底から溢れるような充足感と喜びに、わたしは包まれていった。


肩を並べて歩いているSはもはや誰でもなく、風や雲や鳥や花や路傍の石ころと同じく、わたしとともに自然の一部であり、その豊かな恵みの中で、生きとし生けるものであった。


今になって振り返ると、あの時の体験は、森羅万象に対して人間のさかしらな自意識を持たずに向き合えた、短いが至福の時だったような気がする。


驟雨に見舞われ、大野城跡探訪どころではなかったが、自分の人生に珠玉のような彩りを与えてくれた一日であった。


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平家物語の群像 平忠盛①

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$吉備路残照△古代ロマン-平忠盛平忠盛 菊池容斎画(江戸時代)

平清盛織田信長は、日本史上における屈指の英雄である。

両者とも、時代の変革期に、歴史の舞台中央に登場した花形役者である。

清盛は貴族社会のたそがれ時に現れて、武家社会への扉を開こうとした。

信長は中世の停滞を打破して、近世社会を切り開いた。


ふたりともに類まれな鬼才であり魔王の側面をもち、絶対君主的である。

もう一つ、見逃せない面が共通している。

清盛と信長が、大見えを切った華やかな大舞台を演出したのは父親(以下、忠盛を清盛の父と表記)であるということだ。


信長が平資盛(すけもり:清盛の孫)の子孫、つまりは清盛の末裔を自称していたのは、政治的な意図があったとしても、両者に何かしら縁があるようで興味深い。

ただ余談ながら昨年、信長のルーツとされる福井県越前町の剱(つるぎ)神社付近で、信長の十数代前の先祖といわれる親真(ちかざね)の没年を記した墓石の銘文が確認されて、信長平氏説は根拠の薄いものになっている。


守護代・織田大和守家の三奉行の一つでしかなかった自家の勢力拡大を図って、息子が尾張一国にとどまらず、天下に雄飛する礎を築いたのは父・信秀である。


清盛が平安末期とはいえ、貴族社会の世に、武士でありながら太政大臣という位人臣を極めたのは、父・忠盛が苦労の末、貴族の末席に一歩足を踏み入れたからであろう。


★私は昨年の7月からテレビを見ていないが、NHKの大河では中井貴一が平忠盛を演じている。


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平家物語の群像 平忠盛②

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$吉備路残照△古代ロマン-清涼殿 清涼殿 京都御所

織田信秀は、武略や調略によって領地を広げる。

死後、息子たちの対立など深刻な内紛を経たものの、信長にバトンを渡した。


平忠盛は、ひとえに財力によってまず自らが立身する。

忠盛は、備前国の国司であった。

地方に赴任した国司を受領と呼んでいたが、地方に土着した受領の中には中央官僚の特権を利用して、私腹を肥やした者が少なくない。

忠盛は日宋貿易にも従事して、莫大な富を貯えていた。


平家物語』に登場すると、すぐに得長寿院(とくじょうじゅいん)という大規模な寺院を造営して、三十三間の御堂に千一体の仏像を安置、鳥羽上皇に献上する。

ちなみに、得長寿院は、現存する蓮華王院三十三間堂のことではない。

鳥羽上皇は大いに喜び、忠盛を但馬国の国司に任じ、また内裏の清涼殿・殿上の間に出仕することを許した。

ここに平家は初めて殿上人となり、貴族に列せられる。


これに猛反発したのが、公卿(くぎょう:高位の貴族)ら。

「武士風情がなぜ殿上人に、許せん!!」というわけだ。

闇夜に紛れて忠盛を討とうとしたり、恥をかかせて陥れようとしたり、いろいろ策略をめぐらすが……。


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平家物語の群像 平忠盛③宴会と威嚇

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$吉備路残照△古代ロマン-鳥羽上皇 鳥羽上皇

『平家物語』の作者(吉田兼好の『徒然草』によると信濃前司行長)は、平忠盛に好意的だ。

清盛を、やや悪意をもって描写しているのと好対照である。

同じ平家一門でも、権力の階段を上りかけたころの溌剌とした人物と、最高権力を手にした横暴な独裁者に対する世間の風評の反映だろうか。

知力にも洞察力にも決断力にも胆力にも富んだ、すぐれた政治的人物として登場させている。


忠盛が、鳥羽上皇によって清涼殿・殿上の間に昇殿することを許されて貴族の仲間入りをすると、旧貴族らの憎悪と嫉妬がすさまじい。

『平家』の作者に、因循姑息な無能集団と決めつけられている彼らは、何としてでも忠盛を追い落とそうとする。

3度試みるが、すべて失敗に終わった。


まず、殺害を企てる。

五節豊明の節会(ごせつとよのあかりのせちえ)」とよばれた宴会の夜。

闇討ちにしようとしたが、事前に気づいていた忠盛は、周到かつ大胆な対応策を立てていた。


鍔(つば)のない大型の短刀を、正装の服にわざと人目に付くように下げて、宮中に参内する。

そして、薄暗い灯りに向かってゆっくり刀身を抜き出すと、耳ぎわの髪の毛にあてた。

刀は研ぎ澄ました氷の刃のように、ヒヤリと冷たく光った。


貴族連中に対する、武家の計算された威嚇行動である。

「変なマネをしたら、ただちに斬る!!」


威嚇を、もう一つ用意していた。


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