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雨夜の品定め①懸想文を見せて

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$吉備路残照△古代ロマン-京都御所一派公開秋 京都御所秋季一般公開

平成25年10/31(木)~11/4(月) 午前9時~午後3時30分

宮内庁の職員に、「桐壺更衣や藤壺が居た建物は見られないのですか」と尋ねたところ、「毎年は公開しておりません」とのこと。
御所のあと、『源氏物語』にまつわる土地や施設でまだ行ったことのなかった「上賀茂神社」と「下鴨神社」に足を延ばしました。

$吉備路残照△古代ロマン-雨夜の品定め   雨夜の品定め


五月雨の夜。

宿直(とのい:泊まり勤務)で宮中の自室にいた源氏のもとへ、親友でライバルの頭中将(とうのちゅうじょう)が、ひまを持て余してやってきた。

頭中将は、源氏の正妻・葵の上の兄でもある。

源氏は17歳になっていた。

葵の上が4歳年上の21歳だから、頭中将は23~25歳といったところだろうか。

「容姿」においても「教養」においても「芸事」においても「立身出世」においても、源氏が当時の貴公子たちのうちの№.1であり、頭中将が№2であった。


二人は「色事」においても、お互いを意識して競っていた。


現代におきかえると、高校2年の男子生徒が社会人の先輩と「色恋の道」を競うということになる。

よほど特殊なケースではあるのかも知れないが、常識的にはちょっと考えにくい。

しかし、紫式部が生きた時代の男女は早熟だ。

結婚は十代半ばが普通。

源氏が、葵の上と結婚したのは14歳である。

あらゆる「もてる要素」に恵まれていた17歳の源氏は、それまでに相当の恋愛体験を積んでいたと思われる。


そんな源氏に、源氏の次にもてる頭中将が頼んだ。

「女たちからきた懸想文(けそうぶみ)を見せて下さいな」

「少しならいいですよ。見せたくない手紙もあるから……」

「その見られたくない付け文こそ、読みたいんだけど……」

「じゃ、いいでしょう。お義兄さんだから特別です」


源氏は、文箱(ふばこ:書状などを入れておく手箱)を開けて、女たちからもらった恋文の束を取りだした。



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雨夜の品定め②「女性談義」序章

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$吉備路残照△古代ロマン-光源氏と頭中将の系図光源氏と頭中将の系図


$吉備路残照△古代ロマン-青海波1
 青海波(せいがいは)を舞う光源氏(右)と頭中将(左)


部屋に無造作に置いてある文箱に入っているラブレターなど、源氏にとってさほど大事な部類ではあるまい。

興味をそそるような艶書はないが、頭中将は枚数の多さに感心しながら源氏にたずねた。

「この手紙はA子さんですね。これはB子ちゃん。あっ、マダムCからも……」

お互いの交友関係を知っているので、ほぼ差出人の見当がついた。


「今度は、あなたが女にもらった懸想文を見せて下さい」

源氏が、頭中将にいう。

「私のところになど、たいした手紙はきません」

牽制しあっているうちに、頭中将が話題を変えた。


「世の中に欠点のない女はいません。最近になって、ようやく分かってきました」

こうして、世に名高い『雨夜の品定め』が始まる。

まず源氏と頭中将ふたりによる「女性談義」だが、若い源氏は主に聞き役だ。


「高い身分にふさわしい教養があって人柄も良さそうな女は、よく見ていると薄っぺらで、他人を小馬鹿にします。
多分、いつもチヤホヤされているからでしょう。
またお付きの女房たちが良い事ばかり言い触らすので、割り引いて考えなければなりません。
身分の高い女は、つまらないです」

こうした書きぶりは、「高い身分」ではない作者・紫式部の反骨精神か。

「でも、何の取り柄もない女はいないでしょう」


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雨夜の品定め③身分の流動性

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$吉備路残照△古代ロマン-下鴨神社 下鴨神社 世界文化遺産
正式名称:賀茂御祖神社 (かもみおやじんじゃ)

①賀茂祭 (葵祭)の御禊の日、行列に参加する光源氏の姿を見物しようとして、葵の上が乗っていた牛車と六条御息所が乗っていた牛車が、場所取りをめぐって「車争い」が起きた。

光源氏は須磨へ下る前に、下鴨神社に参拝する。

$吉備路残照△古代ロマン-ムラサキシキブ
 ムラサキシキブ (紫式部) クマツヅラ科の落葉低木


「もし何の取り柄もない女がいるとしても、幸か不幸か、そういう女とお近づきになったことはありません。
文句のつけようのない完璧な女と何の取り柄もない女は、恐らく同じ数だけいるのでしょう。
つまり、ほとんどいないということです」

頭中将は続ける。

「上流の家柄に生まれて深窓で育てられると、女房たちによって良い面だけが世間に伝わるので、実態以上に素晴らしい女に思われがちです。
その点、中流の家で育った女はありのままに近い姿を世間に知られますが、これがなかなか面白いようです。
なお、下流の女とは接点がありません」

女をひいては男を上流、中流、下流に分けて論じる頭中将、つまり 『源氏物語』の人物観には違和感を否めないが、当時の身分社会においては当たり前だったのだろう。

源氏が始めて語りだした。

「女を上・中・下の3つの階級に分けるのはいいが、それほど単純ではないような気がします。
例えば、上流の家に生まれた女が、今は落ちぶれている場合はどうでしょうか。
逆に、中流に生まれた女が立身して、華やかに暮らしている場合は?
女を上・中・下に分けるのは、そう簡単にはいかないようです」

源氏が語り終えた頃、人生経験も女性経験も豊富で、弁の立つ左馬頭 (さまのかみ)と藤式部丞 (とうしきぶのじょう)がやって来た。

二人とも、名うての恋の手練れだ。

いよいよ本格的な「女性談義」が始まる。



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雨夜の品定め④艶っぽい女が

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$吉備路残照△古代ロマン-葵祭賀茂祭(葵祭)行列順路 
京都御所・堺町御門 → 丸太町通 → 河原町通 → 下鴨神社到着(社頭の義)→下鴨本通 → 洛北高校前 → 北大路通 → 北大路橋 → 賀茂川堤 → 上賀茂神社

$吉備路残照△古代ロマン-立砂上賀茂神社 世界文化遺産
立砂(たてずな) 細殿(ほそどの)前の円錐状の2つの砂の山。神体である神山(こうやま)を模した。鬼門にまく清めの砂の起源とされる。


「上流の家に生まれた女が、今は落ちぶれている場合はどうでしょうか。逆に、中流に生まれた女が立身して、華やかに暮らしている場合は?」

この源氏の疑問に、さっそく左馬頭(さまのかみ)が応じた。

「生まれは上流でも、零落すると手元不如意になって生活に支障をきたします。いくら気位が高くても、中流です。

一方、成りあがって上流らしい暮らしをしていても、もともと中流の女は、世間の評価も自分自身の意識もやはり中流です。

このごろは、地方に国司として赴任する受領階級が経済的に豊かになって、彼らの娘たちの中に小ざっぱりとしたイイ女がいます。
彼女たちの中から、宮仕えに呼び出されることもあります」

作者の紫式部は、小ざっぱりとしたイイ女だったらしい。


源氏は話を聞きながら、亡き母・桐壺の更衣を憶いだした。

そして、笑いながら左馬頭にたずねる。

「結局は、金なのか」

これを、頭中将が聞きとがめた。

「源氏の君らしくもない」


若い二人に構わず、左馬頭は体験談めいた話を始めた。

「私ごとき者には、お二方のような上流中の上流の方々のことには思いが及びません。
ただ、だれも訪れないような寂しく荒れた草深い家に、思いがけず艶っぽい女が住んでいることがあります。
その意外性に、不思議なくらい興味をそそられるものです」


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雨夜の品定め⑤指食いの女

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$吉備路残照△古代ロマン-直衣冬 直衣 (のうし)
平安時代以降の皇族や公家の平常服

$吉備路残照△古代ロマン-脇息 脇息 (きょうそく)
脇に置いてもたれ掛かるための安楽用具。 江戸時代まで使われた


「草深い家に、艶っぽい女が住んでいる」という左馬頭の話に、源氏は釈然としなかった。

「そうだろうか。上流の中にさえ、魅力的な女は滅多にいないのに」

白い着物を重ねた上に直衣をゆるやかに掛けて脇息に寄りかかっている源氏は、まことに優美である。

どんな女を連れてきても、釣り合いがとれないだろう。


左馬頭(さまのかみ)が、ふたたび話題を変えた。

「女友達としてはともかく、一生の伴侶を選ぶとなると本当に難しい。男にしても、朝廷に仕えて国を支えるような人物を見つけるのは大変です」

「しかし、国は一人や二人で治めるわけではありません。何とかなります。それにひきかえ、家を切り盛りする主婦は一人です。できないでは済まされない幾つかの大事なことや、細々とした無数の雑事があります。責任重大です」

「また、『いいなぁ~』と思って結婚した女がひどかったり、生真面目で家事をテキパキとこなすが情緒を欠いていて味も素っ気もなかったりします。思慮が深いのか、いきなり出家して尼になられるのも困ります」

「結婚相手には、家柄や器量よりも真面目で素直に夫に従い、向上心のある女がいいでしょう」


若い二人にひとくさり講釈をたれたあと、左馬頭はいよいよ経験談を披瀝し始めた。

「わたしが初めて関係した女は決して美人ではありませんでしたが、心からわたしに尽くしてくれました。ただ一つの欠点は、極端な焼きもち焼きだったことです」

「そのことで、ある日、口ゲンカになり、激しく言い争っているうち、矢庭にわたしの指に食いつきました」



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雨夜の品定め⑥木枯らしの女

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$吉備路残照△古代ロマン-雨夜の品定め1  雨夜(あまよ)の品定め    【源氏物語 二帖 帚木(ははきぎ)】より

$吉備路残照△古代ロマン-帚木 ○ 帚木の  心を知らで     園原の 道にあやなく  惑ひぬるかな    光源氏


「『焼きもち焼きにはもうウンザリだ、別れよう』というと、女は、『たいした男でもないあなたに一生懸命尽くしてきたのに、浮気ばっかり。もう我慢の限界、別れましょ』」

「売り言葉に、買い言葉でした」

「それからしばらく足が遠のいたのですが、ある冬の夜、宮中行事が終わって他に行くあてもなく、その女を訪ねたところ、暖かそうな衣服をきちんと畳んで用意してくれていました」

「しかし、本人は親元に帰っていて不在でした」

「ヨリを戻そうとしたところ、女は、『浮気男は、もうこりごり。年を重ねるにつれて、ますます辛くなります』」

「取り付く島もありません」

「つまらない意地の張り合いをしているうちに、女は亡くなってしまいました。いろいろなことで相談できる相手でしたし、裁縫や染め物の腕はたいしたものでした」

「ああいう実のある女を、正妻にすべきでした。今も、しみじみと思い出すことがあります」


ひと呼吸おいて、左馬頭(さまのかみ)の話は、「指食いの女」とは対照的な「木枯らしの女」に移った。

「木枯らしの女」は、洒落っ気があって風流を解し、何でもこなす才媛だが、ちょっとした跳ねっ返りだったらしい。

「同じころ通っていた女は、和歌は巧みで文字は美しく、琴をみごとに奏でました。器量もよく、話しは面白い」

「付き合うにはもってこいのタイプですが、これがかなりの色好み。ほかにも通っている男がいました」

「10月頃の月明かりの夜、宮廷を退出しようとしている私の牛車に同僚が乗り込んできました。そして、何とその女の家の前を通りかかると、同僚はさっさと降りて行くではありませんか」


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雨夜の品定め⑦待ち人来たらず+第1部帖名

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$吉備路残照△古代ロマン-平安京内裏 平安京内裏


「もうお分かりでしょう。その女の家に通っていた男とは、わたしの親しい同僚だったのです」

「こんなに鼻白むことはありません。しかも、彼はとっくに自分以外の男が通っていることに気がついていました」


女の家に入って行った左馬頭(さまのかみ)の同僚が、女をからかっている声が聞こえてきた。

「待ち人来たらず、のようだね」

「何をおっしゃいます。あなたのほかに、私がどなたかを待っているとでも?」

痴話じみたやりとりをしている。


      【源氏物語】 54帖の名称

  第1部 光源氏の愛と栄華 (誕生~39歳)

1 桐壺 きりつぼ    源氏誕生~12歳
2 帚木 ははきぎ    源氏17歳夏   (雨夜の品定め)
3 空蝉 うつせみ     源氏17歳夏
4 夕顔 ゆうがお     源氏17歳秋~冬
5 若紫 わかむらさき     源氏18歳
6 末摘花 すえつむはな    源氏18歳春~19歳春 
7 紅葉賀 もみじのが     源氏18歳秋~19歳秋
8 花宴 はなのえん      源氏20歳春
9 葵 あおい           源氏22~23歳春
10 賢木 さかき        源氏23歳秋~25歳夏

11 花散里 はなちるさと   源氏25歳夏
12 須磨 すま         源氏26歳春~27歳春
13 明石 あかし       源氏27歳春~28歳秋
14 澪標 みおつくし     源氏28歳冬~29歳
15 蓬生 よもぎう     源氏28~29歳
16 関屋 せきや      源氏29歳秋
17 絵合 えあわせ     源氏31歳春
18 松風 まつかぜ     源氏31歳秋
19 薄雲 うすぐも     源氏31歳冬~32歳秋
20 朝顔(槿)あさがお  源氏32歳秋~冬

21 少女 おとめ      源氏33~35歳
22 玉鬘 たまかずら    源氏35歳   【以下、玉鬘十帖
23 初音 はつね      源氏36歳正月
24 胡蝶 こちょう     源氏36歳春~夏
25 蛍 ほたる       源氏36歳夏
26 常夏 とこなつ     源氏36歳夏
27 篝火 かがりび     源氏36歳秋
28 野分 のわき      源氏36歳秋
29 行幸 みゆき      源氏36歳冬~37歳春
30 藤袴 ふじばかま    源氏37歳秋

31 真木柱 まきばしら 37歳冬~38歳冬 【以上、玉鬘十帖
32 梅枝 うめがえ      源氏39歳春
33 藤裏葉 ふじのうらば   源氏39歳春~冬


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今回は、「国際平和協力活動」や「海賊対処」などの活動についてご紹介します!

雨夜の品定め⑧コラボ+第2、3部帖名

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$吉備路残照△古代ロマン-木枯らしの女 合奏する木枯らしの女同僚


同僚と女は、琴と笛で合奏を始めた。

しばらく演奏したあと、男が女を冷やかして和歌を詠んだ。

○ 琴の音も 月もえならぬ 宿ながら

        つれなき人を ひきやとめける

琴の音色も月の光も申し分ないほど美しいが、琴の調べで薄情な男を引き留められましたか

女の返歌。

○ 木枯に 吹きあはすめる 笛の音を 

        ひきとどむべき ことの葉ぞなき

木枯らしに吹き合わせているような美しいあなたの笛の音(あなた)を引き留めることができるほどの琴と和歌の腕前は私にはありません

この和歌の冒頭「木枯」によって、その女を「木枯らしの女」と呼ぶ。


     【源氏物語】  34~54帖の名称


   第2部 光源氏の晩年 (41~52歳)

34 若菜 上 わかな    源氏39歳冬~41歳春
35 若菜 下         41歳春~47歳冬
36 柏木 かしわぎ      48歳正月-秋
37 横笛 よこぶえ      49歳
38 鈴虫 すずむし      50歳夏~秋
39 夕霧 ゆうぎり      50歳秋~冬
40 御法 みのり        51歳
41 幻 まぼろし        52歳の1年間
○ 雲隠 くもがくれ   本文なし  (光源氏の死を暗示)

 ★薫:源氏の正妻(女三宮
)の不義の子。因果応報

42 匂宮 におう(の)みや  14~20歳
43 紅梅 こうばい         24歳春
44 竹河 たけかわ        14~23歳


      第3部 宇治十帖

45 橋姫 はしひめ       20-22歳
46 椎本 しいがもと      23歳春~24歳夏
47 総角 あげまき       24歳秋~冬
48 早蕨 さわらび       25歳春
49 宿木 やどりぎ       25歳春~26歳夏
50 東屋 あずまや       26歳秋
51 浮舟 うきふね       27歳春
52 蜻蛉 かげろう       27歳
53 手習 てならい       27~28歳夏
54 夢浮橋 ゆめのうきはし   28歳          (完)


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雨夜の品定め⑨色っぽい女にはご用心

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$吉備路残照△古代ロマン-帚木系図 帚木(ははきぎ)関連の系図


「それ以来、わたしはその女のところに通うのを止めました」

「源氏の君と頭中将殿は、『指食いの女』と『木枯らしの女』のどちらのタイプを、正妻に選びますか」

「とにかく色っぽい女には、くれぐれも用心して下さい。7~8年もすればお分かりになりましょう」


左馬頭が話し終わると、今度は頭中将が語りはじめた。

承知しているようで具体的には知らない親友の恋愛が気になって、源氏が身を乗りだした。


頭中将の話に登場する「女」のイメージは淡いが、『指食いの女』や『木枯らしの女』とちがって、固有の名前(常夏の女→夕顔)をもち、頭中将との間の「娘(玉鬘:たまかずら)」とともに、のちに『源氏物語』の重要な登場人物になる。


「愚かな男の、いたって情ない恋話とお聞きください」

「それは、ひっそりと始まりました。おっとりとした控え目な女でした。そして、何やら心もとない関係でした。というのは、私がほかの女の家に行っても、嫌味の一つも言わないのです」

「身寄りがなく、私を頼っているようにも見えました」

「娘(玉鬘)も生まれ愛おしく想っていましたが、わたしが何をしても何をいっても決して非難めいたことを口にしないのです。ついつい、ないがしろにすることもありました」

「そんな覚束ない関係でしたが、妻(右大臣の娘。弘徽殿女御の妹)の知るところとなりました」

「あとで聞いたことですが、弘徽殿女御に似て気性の激しい妻は、すぐに人をやってその女を脅したのだそうです」

「しかし、その女は妻の使いが来たことも使いに何を言われたかということも、いっさいわたしに告げ口をしませんでした」

「しかし、きっと辛かったのでしょう」

「ある日、ふっと姿を消してしまいました。それっきりです。今ごろ、どこで何をしているのやら」



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雨夜の品定め⑩不釣り合い

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$吉備路残照△古代ロマン-吉祥天女  国宝・吉祥天女画像  (伝・光明皇后) 薬師寺


「深く傷ついて苦しんでいたのでしょうが、何事もないかのように振る舞っていました。わたしには別れる気などさらさなかったのですが、本当に申し訳ないことをしました」

「それにしても、恋人にはどんなタイプの女がふさわしいのでしょうね」

「飛び抜けた美人でも、嫉妬深い女はいただけません。目から鼻へ抜けるような才女は理屈っぽくて、付き合っているうちに煩わしくなります。浮気女は、もちろん論外です」

「いっそうのこと、吉祥天女(きっしょうてんにょ)と恋しますか」

頭中将が笑いを誘ったあと、それまでずっと聞き役に回っていた藤式部丞(とうしきぶのじょう)が、白状するよう促された。


「私ごとき下々の者に、みなさまに披瀝するような恋の思い出などありましょうか……」

藤式部丞がためらっていると、頭中将がせっついた。

「早く、早く」

気乗りしないままに、話し始める。

「文章生(もんじょうしょう:大学寮で文章道を専攻する学生)だった頃でした」

「文章博士(もんじょうはかせ:大学寮で詩文や歴史を教えた教官)の娘に、驚くほど聡明な女がいました」

「思慮が深く、漢学の素養はなまじっかな博士には太刀打ちできないほどのレベルでした」

「書はどこまでも流麗で、非の打ち所がありません。政治向きのことにも理解があり、家事万般もソツなくこなしました」

「わたしは、その女を先生として漢詩文の作り方を教わりました。朝廷に仕えるために必要な学問も、いろいろ学びました」

「夜は夜で、閨房(けいぼう)の語らいにも豊かな教養がにじみ出たものです。私のような凡庸な男とは、どこからどう見てもはなはだ釣り合いがとれません」

「女の父親もなぜか私のことを気に入ってくれていましたが、なにぶんにも才能も教養も違いすぎます」


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ジミー大西は、放浪の天才画家・山下清を彷彿させます。

かつて世間を騒がせた戦場の二股男、山路徹氏を二人の女性タレントとともに覚えていらっしゃる方は多いでしょうね。

雨夜の品定め⑪蒜食いの女

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$吉備路残照△古代ロマン-蒜ニンニク  蒜  (ひる:ニンニク)

「その女にはいろんな事を教えてもらいました。今でも、感謝しております。ただ、自分より相手が格段に上の場合、どうしても気後れします。劣等感にさいなまれます」

「付き合いが長くなるにつれてますます気が重くなり、いつしか足が遠のいてしまいました」

そう言うなり、藤式部丞(とうしきぶのじょう)は黙り込んだ。


頭中将が、つづきを話すよう促す。

「ずいぶん賢い女ではないか。まさか、それでその女との関係が切れたわけではあるまい」

「はい。ずいぶん日が経ってから、何かのついでに立ち寄ったという体で訪ねました」

頭のいい女は、焼きもちなど焼きません。しかし、久しぶりに訪ねる私を喜んで迎えるのはプライドが許さなかったのでしょう。部屋の向こうから、こんなことを言いました」

「『数か月前からカゼ気味で、蒜(ひる:ニンニク)を服用しております。臭いでしょうから、今日はお目にかかれません。何か御用でしたら承りましょう。』」

「『分かりました。じゃ、帰ります』」

「立ち去ろうとすると、また声をかけてきました」

「『よかったら、カゼが治った頃においで下さい』」

「それで、和歌で応じました」

○ ささがにの ふるまひしるき 夕暮れに

     ひるま過ぐせと 言ふがあやなさ

今は、蜘蛛が巣を張る夕暮れです。『昼が過ぎて(蒜の臭いが消えて)から来て下さい』とは、どういう意味でしょう

「すると間髪をいれず、女から和歌が返ってきました」


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東シナ海は「一触即発」というよりも、「一線を越えた」危険きわまりない状況になっています。
光源氏は、いろんな場面でたびたび一線を越えますがー。

雨夜の品定め⑫中流の女

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$吉備路残照△古代ロマン-空蝉系図  空蝉(うつせみ)関連の系図

$吉備路残照△古代ロマン-空蝉 囲碁 空蝉軒端荻(のきばのおぎ)の囲碁の対局を垣間(かいま)みる光源氏   『宇治市源氏物語ミュージアム』






○ 逢ふことの 夜をし隔てぬ 仲ならば

      ひるまも何か まばゆからまし  

毎晩お逢いしている仲でしたら、ニンニクの臭う昼間の逢瀬も恥ずかしくないのですがー。

頭中将左馬頭(さまのかみ)は、顔をしかめた。

「えっ、ニンニクの臭う中で会うって?そんな女がいるものか。鬼と会う方がよっぽどましだ」


若い光源氏は終始、聞き役に徹していた。

3人の恋話を、時には耳をそばだてて時にはうつらうつらしながら聞いていたが、心の中ではずっと「ある方」の面影を追っていた。

「あの方以上の女は、この世にはいない」

そう確信しつつ、一方では、頭中将(とうのちゅうじょう)の「中流の女は面白い」という言葉が妙に心に引っ掛かっていた。

今のところ、藤壺(ふじつぼ)と六条御息所(ろくじょうみやすどころ)そして正妻の葵の上ら、上流中の上流の女しか知らない。

「中流?中流の女?」

源氏生来の好き心が動いた。


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★今から、光源氏が落魄の身を癒した須磨と明石に出かけます。(2泊3日)



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空蝉①方違え

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$吉備路残照△古代ロマン-方違神社  方違神社 大阪府堺市


方違え (かたたがえorかたちがえ) 陰陽道の説
平安時代に盛んに行われた風習。
行き先が縁起の悪い方角に当たる場合、前夜に別の方角に行って泊まり、そこから目的地へ向かう。

(時事風にこじつけて解釈すると…) 東京から民間機でまっすぐ北京へ飛ぶと、中国の防空識別圏に入るから危ない。いったんワシントンに寄って、そこからB29爆撃機の力を借りて北京へ向かえば安心だ。

       ……         ……         ……

『雨夜の品定め』の記述によって、紫式部はこれから書き進める「恋愛のパターン」の幾つかを示したのだろう。

女である作者は「男の目」で女を品定めするが、本来の「女の目」で男を品定めしていたらもっと面白かったかも知れない。

だがなぜ、「女の目」で男を品定めしなかったのだろうか。

当時の社会においては、「女が男を品定めする」ことが出来なかったのか、それとも単にしなかっただけなのか。


ある暑い一日のこと、光源氏は久しぶりに左大臣家に正妻・葵の上を訪ねていた。

左大臣は久々にやってきた婿殿を、「どうして、もっと足しげくに会いに来てくれないのか」と内心不満に思いながらも、いつものように手厚くもてなした。

しかし、源氏葵の上の夫婦仲は、相変わらず冷え冷えとしている。

目と目を見交わすことはなく、話すときがあっても互いにあらぬ方を向いている。


そんな気づまりな時間が流れているとき、葵の上女房源氏に願ってもない助け舟を出してくれた。

源氏の君、こちらは今夜、内裏から見て不吉な方角でございます。お泊りはなりません。方違えの禁忌(きんき:タブー)を破ることになります」

この頃、源氏は亡き母・桐壺の更衣に与えられていた内裏の淑景舎(しげいしゃ:桐壺)に住んでいる。

「そうか、それではどこか他のところへ行かねばならないな」

近くにいた従者が勧めた。

紀伊の守の屋敷がよろしいかと存じます。つい最近、川の水を引き入れて涼しくなったと聞いております」



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空蝉②紀伊守の屋敷

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$吉備路残照△古代ロマン-空蝉の寝室  
 「空蝉の寝室に忍び込む光源氏」 歌川広重



紀伊守の屋敷がよろしいかと存じます。つい最近、川の水を引き入れて涼しくなったと聞いております」

紀伊守(きいのかみ)は源氏の家臣である。

「そうか。少し気分が悪いから、牛車に乗ったまま入って行ける屋敷はありがたい」


源氏の急な来訪を知らされてちょっと困った風情の紀伊守から、返事がきた。

「父・伊予介(いよのすけ)の家で慎しむことがございまして、今、親戚の女たちがわたしの狭苦しい家にきております」

「失礼がなければよろしいのですが……」


「しやいや、人は男でも女でも多い方が賑やかで楽しい」

そう応えさせた源氏は、『雨夜の品定め』での頭中将の発言を思い出していた。

「中流階級の女は面白い」

紀伊守の親戚の女たちは、まさしく中流である。


源氏は、紀伊守のもてなしを受けながら聞き耳を立てていた。

襖の向こうの母屋に女たちが集まって、ヒソヒソ話をしているのが聞こえる。

どうやら源氏のウワサをしているようだ。



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空蝉③姉と弟

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$吉備路残照△古代ロマン-空蝉軒端荻小君 空蝉 小君


どうやら源氏のウワサをしているようだ。

源氏の君はあんなにお若いのに、もう北の方(正妻)がいらっしゃるのよ。つまらなくないかしら」

「でも、まだ17歳なのに女性関係はなかなかのものらしいわ。あちらこちらに通っていらっしゃるそうよ」

受領階級(地方の長官 知事に相当。頭中将のいう中流)の娘である彼女らは、源氏に関する情報にずいぶん明るい。


あの方との事も知っているのだろうか」

源氏が顔を曇らせていると、子供たちが挨拶にきた。

その中にひとり、12~3歳ほどのひときわ品のいい美しい少年(小君 こぎみ)がいた。

身のこなしも洗練されている。

「この少年は?」

紀伊守にたずねた。

「故・衛門督(えもんのかみ)の末の子です。父親を早くに亡くし、姉(空蝉:うつせみ)がわたしの後添いに入ったものですから、時々こうして遊びに来ます」

「器量がよく学問もできるので、童殿上になどと考えておりますが……」

童殿上 (わらわてんじょう)
宮中の作法を見習うため、元服前の貴族の子弟が殿上の奉仕をすること

「それは気の毒なことだ。この少年の姉が、そなたの継母というわけか」

「はい」

「ずいぶん若い継母をもったものだな」

「わたしよりも年下でございます」

中納言だった故・衛門督空蝉を入内させたいと思っていたが、実現する前に亡くなってしまう。

やむなく、空蝉は親子ほど年齢の離れた伊予介(いよのすけ)の後妻になった。


あの方空蝉紫の上という準主演級の3人のヒロインはそろって父親ほどに年の離れた男に嫁いでいる。

紫式部自身が父親の友人である藤原宣孝(のぶたか)に嫁したことを何かと意識していたのだろう。



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