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Channel: 吉備路残照△古代ロマン
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平家物語の群像 維盛⑭池殿・頼盛の裏切り

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$吉備路残照△古代ロマン-維盛兄弟の都落ち   維盛兄弟が宗盛一行に追いついた場面 …… …… 左手前、黒毛馬の宗盛と相対する維盛


維盛たちは、一足先に都落ちしている宗盛一行に追いつこうと馬を飛ばした。

残された建春門院新大納言は、「長年連れ添った維盛様が、これほどに薄情な方とは思わなかった」と、泣き伏した。

六代夜叉女房たちは御簾 (みす) の外へ転がり出て、あたりはばからず声を限りにわめき叫ぶ。

幼い子供たちにも、父親に2度と会えないということが分かっていたのだろうか。切ない話ではある。

子供たちの悲鳴にも似た泣き声は、いつまでも維盛の耳の奥に突き刺さっていた。


平家一門が都を落ちるとき、六波羅・池殿・小松殿・八条・西八条などの邸20余箇所や従者たちの屋敷、そして京白河辺の4、5万軒の民家に火をかけて焼き払っている。


維盛兄弟は、淀の六田河原で宗盛一行に追いついた。

小松家の甥たちの顔をみて、宗盛はほっとした顔を見せた。

というのは、つい先刻、叔父の頼盛が心変わりして、都へ引き返したのである。
平治の乱後、母の池禅尼 (いけのぜんに) が夫清盛に助命嘆願して、頼朝を助けていた縁にすがろうとしたのだ。



  維盛の異母弟資盛が関わった事件→平重盛②殿下乗合事件
       平清盛⑦嫡孫:維盛と資盛 甥:敦盛
     


権大納言に返り咲くなど、頼盛は生涯、厚遇されている。

頼盛のことがあって、もしや小松家の面々はやって来ないのではないかと宗盛が不安になりかけていたころ、維盛たちが姿を見せたのだった。

「どうして、こんなに遅れたのですか」



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平家物語の群像 維盛⑮一ノ谷の戦いには参戦せず

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$吉備路残照△古代ロマン-都大路で葵祭  都大路をゆるりと進む葵祭


「幼い子供たちが私にまつわりついて離れようとしないものですから、ついつい遅れてしまいました」

「なぜ六代殿を連れてこなかったのですか。情にほだされずに、よく残してきたものですね」

「行末が心配なものですから、妻子を残してきました」

維盛は先ほどのつらい別れを思い出して、思わず涙ぐんだ。


平家一門はいったん九州へ下って勢力を立て直すと、改めて上洛の途についた。そして、四国は讃岐 (香川県) の屋島に本拠地を構え、対岸の一ノ谷に布陣した。

だが、周知のように一ノ谷の戦いで、源義経の奇襲戦法にしてやられる。
   
      平重衡①重衡卿は生田森の副将軍

一ノ谷で討ち取られた平家一門の首が都大路を引き回され、縁故の者はみな心を痛めた。

大覚寺に隠れていた維盛北の方 (建春門院新大納言) は、斎藤五宗貞斎藤六宗光に変装させて見に行かせた。

      文覚⑭残党狩り 六代の運命は




維盛の首はなかったが、引き回された首はみな見知っている人たちで、悲しさに耐えきれず、急いで大覚寺に戻った。

北の方が、「どうでした」と聞くと、「維盛殿の首はありませんでした。ご兄弟では、師盛殿の首だけがありました。他には、あの方、この方……」

北の方は、「とても、他人事とは思えない」とうつ伏した。

ややあって、斎藤五が涙を抑えていう。



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平家物語の群像 維盛⑯露の命の憂き世に

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$吉備路残照△古代ロマン-三草山の戦い  三草山の戦い 義経vs資盛

維盛殿の兄弟は播磨と丹波の境にある三草山を固めていましたが、義経に攻められて、資盛殿・有盛殿・忠房殿の3人は播磨の高砂から船に乗り、
讃岐の屋島へ渡られました。師盛殿は、討たれました」

事情に詳しい人が、そのように教えてくれました。

「また、その人に、『維盛殿は、如何されました』 と尋ねますと、『維盛殿はいくさの前に病気になられ、参戦されておりません』 ということでした」

斎藤五がいうと、北の方の嘆きの種は尽きない。

「われらのことを心配するあまり、病になられたのでしょう。病名は尋ねなかったのですか」

六代夜叉も、「地上が何の病気か、聞かなかったの?」と尋ねた。
幼い子供の、健気な様子が哀れである。

一方、維盛も、「今ごろ都では、3人とも心細く覚束ない日々を送っていることだろう」と案じていた。

「都大路の首の中にはなくても、矢に射られたり水に溺れたりして死んでいるかも知れない、と心配しているだろう。露の命がまだ憂き世にあることを知らせよう」


   有為転変する秋葉原の超現代史。芸能界の大物に学んで下さい。

使者を立てて、3通の手紙を託した。

北の方には、「都は源氏勢で満ち、つらい思いをしていることでしょう。幼い子どもたちともども、どんなに寂しいことか。屋島へ迎えて一緒に暮らせればとは思いますが、こんな生活をあなたにさせるのは痛ましい」などと記した。

ふたりの子供たちへは、同じ言葉を記した。

「つれづれをば何としてかは慰み給ふらん。これへ迎へ取らんずるぞ」



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平家物語の群像 維盛⑰滝口入道のいる高野山へ

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$吉備路残照△古代ロマン-滝口入道 滝口入道襖絵 別格本山大円院 高野山

使者は、大覚寺に着くと維盛からの手紙を取り出して、北の方に渡した。

北の方は手紙に目を通すと、思いが一気にあふれて衣を被って臥せてしまった。

『平家』の女性たちは、つらいことや悲しいことがあると、「衣を被って臥せてしまう」
国民的大文学に対して、こんなことをいうのもナンだが、ワンパターンである。

治承・寿永の乱を借りて、「諸行無常の響」 と 「盛者必衰の理」 を表現するのが全編をつらぬく根幹ゆえに、個々の人間のこまかい動作や仕草などに構っていられないということでもあるまいが。

4、5日たったころ、使者が、「御返事をいただいて、屋島に戻ります」と告げると、北の方は泣く泣く返事を認めた。

六代夜叉も筆を取って、「母上、父上へのお返事はどう書けばよいのですか」

「思うままのことを、書けばいいのですよ」

ふたりの手紙は、同じ内容になった。

「などや今まで迎へさせ給はぬぞ。あまりに御恋しう思ひ参らせ候ふに疾く疾く迎へさせ給へ」

使者は返事をあずかると屋島へもどり、維盛にわたした。

まず幼い子供たちの手紙を読んで、遣る瀬なく愛おしさに胸をつまらせる。

「そもそも私に出家する気持ちはない。この世への愛執が強く、往生を願う気持ちは弱い。これから山伝いに都へ上り、愛しい者たちを一目見て自害をしよう」 と涙ながらに語った。



『平家』 によると、一の谷の敗戦後の寿永3年3月15日、維盛はわずか3人の供だけを連れて、戦線を離脱した。

ただ、今すぐにでも妻子の顔を見るため都に入りたいが、一の谷で生け捕りとなった叔父の重衡が都大路を引き回され、鎌倉に護送されると聞く。

        平重衡⑰重衡、頼朝と対面

とりあえず、滝口入道のいる高野山へ向かった。


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平家物語の群像 維盛⑱宗盛と二位尼の疑念

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$吉備路残照△古代ロマン-横笛の恋塚  横笛の恋塚 和歌山県かつらぎ町上天野

滝口入道は俗名を斎藤滝口時頼といい、かつて重盛に仕えていた武士である。また、横笛との悲恋が映画 『瀧口入道 夢の恋塚』 (阪東妻三郎主演) と
小説 『滝口入道』 (高山樗牛) に結晶している。

13歳の時から武者所に詰めていた。

建礼門院徳子の雑仕女 (ぞうしめ:雑用係) に横笛という女がいたが、時頼は彼女をひと目見るや、好きになった。

父の茂頼がそのことを知ると、こっぴどく叱りつける。

「時めいている家の婿にして出世の道をつけてやろうと思っていたのに、つまらない女を好きになるとは何事だ」

時頼は応えた。

「人の一生はどんなに長寿だろうと70~80歳。しかも人生の盛りは20余年です。幻のような世の中で、好きでもない女と一緒になってどうするのでしょう。
しかし、横笛と連れ添えば、父上の命に背きます。きっと、仏道を目指すよい機会なのでしょう」

19歳のとき出家して、嵯峨の往生院で修行した。

伝え聞いた横笛は、「訪ねて、恨みをいおう」 と、ある夕暮れ、嵯峨へ向かった。
荒れた僧房に、時頼の念誦の声がする。

「出家しておられるようですが、お目にかかりとうございます」

時頼は人を遣って、「ここにはそんな人はいない」と追い返すと、ある僧に、「好きなまま別れた女に、この僧坊を知られました。一度は気丈に振る舞っても、次は自信がありません」

嵯峨を出て高野山へ登り、清浄心院で修行した。



維盛が、滝口入道を訪ねたのはそんな時である。

入道は維盛を見ると、「屋島をどのようにして脱出されたのですか」

「都に残してきた妻子の面影ばかり浮かんで忘れられない。その気持ちが伝わるのか、宗盛殿や二位尼殿が、私が頼盛殿のように頼朝と通じているのではないかと勘ぐっている。居心地が悪くて、離脱したのだ」

        維盛⑭池殿・頼盛の裏切り



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平家物語の群像 維盛⑲広大な慈悲の霞

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$吉備路残照△古代ロマン-熊野三山  熊野三山

「山伝いに都へ上り子供たちに一目会いたいが、重衡殿のことがありそれは叶わない。ここで出家して火の中へでも水の底へでも入ろうと思うが、やはり1度は熊野に詣でたい」

維盛の言葉を受けて、時頼がいう。

「現世は、仮の姿。後世の長い闇こそ、つらく苦しいものとなりましょう」

維盛は、時頼を先達として高野山の堂塔巡礼をした。

高野は里から遠くて人の声はせず、青葉に吹きわたる風は梢を鳴らし、夕日は静かに照り映えている。


夜が更けるままに時頼の立ち居振る舞いを眺めていると、もの静かなたたずまいの中に深遠な真理を求めている。

「時頼のようになりたい」

維盛は、次のように3遍唱えて髪をおろした。

「流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者」

(三界の中を流転する限り、恩愛の情を断つことはできない。恩愛を棄てて無為に入るのは、真実恩愛に報いる者である)


維盛は、時頼や従者らとともに山伏のようないでたちで、高野山から熊野へ向かった。

岩代の王子の御前で狩装束姿の7、8騎と遭遇したが、危害を加える様子はなく、下馬して畏まってすれ違った。

どうやら、維盛を見知っている者たちらしい。

岩田川にさしかかる。




古来、岩田川の流れを1度でも渡った者は悪業、煩悩、罪障がみな消えると言われている。有り難い思いでわたった。

熊野本宮の証誠殿の御前で経を唱え、御山のほうを拝むと、筆舌に尽くしがたい広大な慈悲の霞は熊野山にたなびき、類ない霊験あらたかな神明は音無川に姿を現出している。



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平家物語の群像 維盛⑳那智の沖にて入水

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$吉備路残照△古代ロマン-維盛入水 維盛、名跡を書き付ける


夜が明けると、維盛一行は本宮大社から那智大社へ向かった。

那智ごもりの僧たちの一人が、仲間の僧らに話している。

「あそこにおられる修行者をどなたかと思っていたが、維盛殿でいらっしゃる。
まだ四位少将であられた安元2年の春、法住寺殿で後白河法皇50歳の祝いがあったとき、桜の花をかざして青海波を舞われた時は、まことに見事なものであったという」

        維盛①美貌の貴公子        

「いずれ大臣や大将にと期待されていたのに、あんなにやつれ果てたお姿となってしまわれた。
有為転変は世の習いとはいえ、哀れなことだ」

袖を顔に押し当てさめざめと泣くと、ほかの僧たちも、みな衣の袖を濡らした。


維盛は熊野三山の参詣を遂げると、浜の宮という王子社の御前から一艘の舟を出させ、青海原へ漕ぎ出した。

はるか沖に、山成の島という島がある。

維盛はその島へ舟を漕ぎ寄せさせ、岸に上り、大きな松の木を削って名跡 (みょうせき:家名) を書き付けた。

○祖父・太政大臣平朝臣清盛公、法名浄海。

○父・内大臣左大将重盛公、法名浄蓮。

○三位中将維盛、法名浄円。享年27。
           寿永3年3月28日、那智の沖にて入水

書き終えると舟にもどり、ふたたび沖へ漕ぎ出した。



今なお妻子のゆくすえが気にかかる維盛を、時頼が慰める一方、激しく鐘を鳴らして念仏を勧めた。

「煩悩を断ち切って解脱し悟りを開かれたのち、現世の故郷に帰って、北の方様と二人の御子様を導いて下さい」

維盛は、(原文) 西に向かつて手を合はせ高声に念仏百返ばかり唱へ給ひて 「南無」 と唱ふる声と共に海へぞ飛び入り給ひける。


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           $吉備路残照△古代ロマン-あぶらぜみ



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平家物語の群像 横笛①偕老同穴

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$吉備路残照△古代ロマン-奥嵯峨界隈  奥嵯峨界隈       クリックして拡大して下さい

滝口入道横笛は、生涯をかけてお互いを思いあった稀有の男と女である。

結婚こそしていないが、初恋の人が、そのまま偕老同穴 (かいろうどうけつ) の仲になったケースだ。

ふたりとも、「あなたは何のために、生まれてきたのですか」 と問われたら、
ためらいなく 「あの人を愛するため」 と答えるだろう。

今、小・中学や高校時代の同級生同士の結婚は決して少なくないが、彼らの一部こそ
平成の 「時頼と横笛」 になる可能性を秘めている。


当時、身分のある男は、正妻のほかに何人かの愛人を持つのが普通であった。

例えば、『平家物語』によって聖人君子に祭り上げられている平重盛にしても、維盛を筆頭に分かっているだけで7人の息子がいるが、それぞれ母親が異なっている。


一方、『平家』 の恋人たちといえば、私は、平資盛建礼門院右京大夫をまず想起するが、
少なくとも右京にとって年下の資盛は初恋の相手ではない。

それどころか、「昔、式部 (紫式部)。今、右京」 と呼ばれたほどの才能に恵まれていた右京は、同時進行で、一回り以上も年上で妻子のある藤原隆信と深い関係にあったのだ。


  まぁ、今日はコレでしょう。27日、卒業。衣の袖を濡らさないで下さい

右京自身が 『建礼門院右京大夫集』 において、そのことに触れている。
世間や宮廷社会から、糾弾されなかったのだろうか。

資盛のおじいちゃん (清盛) は、鬼より怖かっただろうに。

資盛が壇ノ浦で入水したことを知るや華やかな宮廷サロンを離れて洛北の大原に隠棲する右京は、横笛のイメージにつながるが、実はなかなかの発展家だったのだ。

今風にいうなら、肉食系女子か。

横笛は、ひたすら真っ直ぐに時頼である。



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平家物語の群像 横笛②恋路のさまたげ

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$吉備路残照△古代ロマン-横笛  横笛像 二人がやりとりした恋文で作った 奈良法華寺


横笛は、高倉天皇の中宮建礼門院徳子に仕える雑仕女 (ぞうしめ 雑用係) であった。

ある日、清盛の西八条殿で催された花見の宴で、横笛は舞いを披露するよう指名される。

横笛が舞い始めると、斎藤時頼は、初めて見る横笛の美しさと舞う姿の優美さに、心を奪われてしまった。

一目ぼれしたのである。

横笛のことが忘れられなくなった時頼は、手紙を何通も書いて自分の気持ちを伝えた。

無骨な文面ながら真情溢れる時頼の手紙に、横笛もいつしか心を引かれてゆく。

こうして時頼と横笛は深く愛し合うようになり、絶えずお互いのことを想い続けるようになった。

しかし、ある日、時頼の父茂頼が、時頼と身分の低い横笛が相思相愛の仲であることを知って激怒する。

茂頼には、平家の棟梁重盛に仕えている息子を、何とかして一門につながる姫君に婿入りさせて、
出世コースを歩ませたいという現実的な親心があった。

だが、時頼はそういう生き方はしたくない。

「人はどんなに長生きしようと80歳までです。しかも、人生の盛りはせいぜい20年間ほど。
身分が高かろうと、好きでもない女と連れ添ってどうするのでしょう。
しかし、横笛と一緒になれば父上の命に背くことになります。これは、仏道を目指すよい機会なのかも知れません」



時頼には、もともと仏の教えに対する憧れがあったのだろうか。
19歳のとき、「まことの道に入りなん」 と、横笛に告げることもなく髪を下して、嵯峨の往生院に入って修行した。

時頼の出家を人づてに聞いた横笛の驚くまいことか。


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平家物語の群像 横笛③生涯の伴侶

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$吉備路残照△古代ロマン-横笛の恋塚  横笛の恋塚 和歌山県伊都郡かつらぎ町天野の里


横笛は、時頼とともに生きていこうと心に決めていた。時頼も、同じように思ってくれていると信じていた。

時頼は他の女には目もくれず、一途に自分だけを愛してくれている。
いや、そういうことを取り立てて意識することすらなかった。

ただ、お互いの間に信頼感と 「生涯の伴侶」 という空気が通い合っていただけである。

しかし、時頼の出家によって、すべての 「想い」 と 「空気」 が、一挙に打ち砕かれてしまった。

時頼が、別の世界に行ってしまったのだ。しかも、横笛には何の連絡もなく。

会えないとなれば、想いはますます募る。

会いたい。

「(原文) 我をこそ捨てめ。様をさへ変へけん事の恨めしさよ。たとひ世をば背くとも、などかは、かくと知らせざるべき。人こそ心強くとも、尋ねて恨みん」

私を捨てたのは仕方がないが、出家したのが恨めしい。また、なぜ知らせてくれなかったのか。はねつけられてもいい、訪ねて恨みを言おう。

2月10日過ぎの夕暮れ、都を出て嵯峨の方へ歩き出した。




梅津の里では、梅のほのかな甘い香りが早春の風にのって漂ってきた。

大堰(おおい)川には、春霞にこめられて朧月が映っている。

しみじみとした物の哀れを、いったい誰のせいで味わうことになったのやら。


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平家物語の群像 横笛④横笛歌石

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$吉備路残照△古代ロマン-横笛歌石  横笛歌石  滝口寺


横笛は、時頼に一目会いたい一心で、当時はまだ鄙びていた嵯峨にやってきた。

「時頼は往生院で修行している」とは聞いていたが、その往生院がなかなか見つからない。

歩き慣れない足を引きずるようにして、あちらを探しては休み、こちらを訪ねては佇んだ。

だいぶ経ったころ、荒れはてた僧房から念誦の声がする。

耳を澄ますと、確かに聞き慣れた時頼の声だ。

連れの女に言わせた。

「時頼様、横笛でございます。出家されたそうですが、お目にかかりたいと訪ねて参りました。」


横笛が来ている。

仏道修行中の身でありながら、一日たりとて忘れたことのない横笛が来ている。

時頼は胸が高鳴った。

障子のすきまから覗くと、すぐそこに、いかにも歩き疲れた様子の横笛が立っている。

裾は露に、袖は涙に濡れたままだ。

どんなに道心堅固な者でも、心を揺さぶられるだろう。

だが、ここで会えば元の木阿弥。

時頼は胸が張り裂ける思いで、同宿の僧に頼んだ。

「ここにはそんな人はいない。何かの間違いでは」


横笛は情なく恨めしかったが、涙をこらえて帰っていった。





横笛は想いを伝えようと、指を切った血で、大きな石に和歌をしたためた。

○ 山深み  思い入りぬる  柴の戸の

        まことの道に  我を導け


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平家物語の群像 横笛⑤女人禁制の高野山へ

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$吉備路残照△古代ロマン-横笛庵  横笛庵 横浜三溪園


時頼は、草深い嵯峨まで会いに来てくれた横笛がますます愛おしくなったことだろう。

今度また横笛の顔を見たら、思わず僧坊を飛び出して抱きしめるかも知れない。

時頼は、同宿の僧に告げた。

「往生院は静かで修行の場にふさわしいのですが、好きでたまらない女にここを知られたようです。今日は、自分の気持ちを抑えることが出来ました。
だが、次は自信がありません。往生院を出ようと思います」


時頼は、女人禁制で知られる高野山の清浄心院で修行にはいる。

すると、横笛は中宮徳子のもとを去って出家、尼になった。

時頼に会える望みを断たれ、せめて仏道の世界で時頼と繋がっていたかったのだろうか。

奈良の、光明皇后ゆかりの法華寺に入った。


横笛が出家したと聞いて、時頼は一首の和歌を送る。

○ そるまでは 恨みしかども あづさ弓 

      まことの道に 入るぞうれしき

あなたが尼になるまではこの世を恨んでいたけれど、あなたがまことの道に入ったと聞いてうれしい



横笛の返歌。

○ そるとても 何かうらみん あづさ弓

      引きとどむべき こころならねば

尼になっても、どうしてあなたを恨みましょう。あなたの心は引き止められませんから。

しかし、ほどなく横笛はこの世を去る。



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平家物語の群像 横笛⑥会えない寂しさ

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$吉備路残照△古代ロマン-横笛堂  横笛堂 奈良法華寺


せめて時頼と同じ世界に身を浸しておきたいと仏門に入ってはみたものの、やはり会えない寂しさは、横笛の心を次第に弱らせていったのか、あまりにもはかない生涯を閉じた。

恋人を想いながら大堰川に身を投げたとも、病に倒れたとも言われている。

横笛にとって、時頼は人生の全てであった。


今日(9/1)の朝日新聞に、デヴィ・スカルノ女史の、インタビュー記事が載っている。

その中で、「恋をしている時が、生きている時」と発言しているが、その伝に従うならば、横笛と時頼はめぐり合って以来、ずっと「生きている」幸せなカップルということになる。

恋していない私など、死んではいないつもりだが、「生きてもいない」わけだ。
この感覚、分からないではない。

記事によると、スカルノ元インドネシア大統領第3夫人と俳優津川雅彦氏の「大恋愛」は、世間を大いに賑わしたそうだ。

この「事件」が終わってから、津川氏は女優の朝丘雪路さんと結婚している。
そして今、デヴィさんと朝丘さんはとても仲がいいとのこと。


『平家物語』のヒロインは虚実とりまぜて、王朝風の「はかなげな美人」に描かれている。

しかし、どういう顔立ちの美女なのかという具体的な説明はない。
都で一番の佳人、宮廷一の麗人という具合だ。




『平家』作者の趣味の範疇だから、どうでもいいことではあるが。

またヒロインたちは、男の意向に振り回されるばかりで、彼女たち自身の個性と意志はほとんど感じられない。

男の愛情を得ていっとき幸せな日々を送るが、後半生は失意のうちに西方浄土に憧れて出家することが多い。

『平家』で最も有名なヒロイン、祇王がいい例である。

また、この時代における「出家」の意味を考えておく必要がありそうだ。


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平家物語の群像 横笛⑦語りの文学

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$吉備路残照△古代ロマン-滝口入道と横笛  横笛と滝口入道


『平家物語』のヒロインたちの中で、横笛は特異な位置を占めている。
自分の全存在をかけて、時頼を愛し抜いたからだ。

他のヒロインたちは、一方的に愛されるだけで、自分がどのように男に対したかという能動的な言動はみられない。

大雑把なもの言いかも知れないが、彼女らは愛されて捨てられて世をはかなんで出家した。
これでは、個性が生まれようはずもない。

横笛と時頼はまぎれもなく対等な恋人同士だが、後者の場合は対等でもなければ恋人の関係でもない。


だが、語りの文学としてはそれで十分だったのだろう。しかも、『平家物語』は恋愛がテーマの物語ではない。

平安末期の大きな時代のうねりを、治承・寿永の乱を軸に語ってゆく『平家』にとって、
男女のあれこれを細かく描写する必要はなかった。

「男と女のことをもっと話してくれよ」という声に対しては、「そちらは、『源氏物語』を読んで下され」と言えばすむことだ。





美しいヒロインの登場する場面は、血なまぐさい戦闘や非情な政争の間にはさまれた一服の清涼剤。
聴衆に、「あのキレイな女の人が、そんなひどい目にあうとは……可哀そうに。」と思わせたら大成功ではなかったか。

薄幸の佳人が、聴衆の涙を誘えばよかったのだ。


横笛の死を知った時頼は悲しみに耐えてさらに修行に励み、高野の聖と呼ばれるほどの高僧になった。

どれほどの高僧になっても、時頼の心の真ん中にはいつも横笛がいたと私は思う。


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平家物語の群像 義経①母・常盤の選択

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$吉備路残照△古代ロマン-牛若丸誕生井 牛若丸誕生井(産湯を使った)              京都市北区紫竹牛若町


常盤の三男・牛若が京で産声を上げてすぐのころ、平治の乱で清盛に敗れた父・義朝は、東国に逃れる途中、尾張で譜代の家来に謀殺された。

清盛は、常盤の3人の息子たち (今若  乙若  牛若) を殺すよう家臣に命じる。

そのことを伝え聞いた常盤は、子供たちを連れて大和国 (奈良県) の宇陀に逃れて親戚を頼ろうとしたが、平家に露見することを恐れる縁者に断られた。

幸い東大寺に身を隠すことになったが、ほどなく常盤は老母・関屋が平家に捕まっていることを知る。

常盤は、究極の残酷な二択を迫られた。

母子4人このまま東大寺にいて老母を見殺しにするか、あるいは老母を助けるために京へ戻って、息子たちを清盛に差し出すか。

さんざん想い悩んだ末、常盤は幼い子供たちを連れて泣く泣く京へ向かった。

「親に孝行を尽くす者には、大地を司どる神が祈願を聞き入れてくれる」 という言い伝えにすがったのである。




常盤が清盛に老母と3人の子供たちの助命を嘆願すると、常盤の美貌に目をとめた清盛が条件を出した。

清盛は、義朝を死に追いやった敵の総大将である。



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平家物語の群像 義経②清盛、常盤の色香に迷う

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$吉備路残照△古代ロマン-常盤御前  常盤御前 歌川国芳

清盛が切り出した条件とは、「母の関屋と3人の息子たちを助命するから、自分の愛妾になれ」というものだった。

常盤は、都中から容姿端麗な女性千人が参加した 「ミス京都コンテスト」 でグランプリに輝いたほどの美女である。

清盛は、先に、継母池の禅尼の執拗な助命嘆願に根負けして頼朝の命を助け、今度は、
常盤の色香に迷って、義経3兄弟の命をとらなかった。

ライバルだった故義朝の息子たち4人を、武門の棟梁らしからぬ脇の甘さで助命したことになる。

平家滅亡の要因として、重盛のあと嫡流の維盛から奪う形で棟梁に就いた宗盛の「無能」が言われるが、
清盛の責任のほうが、よほど重大ではないだろうか。

とにかく、常盤は清盛の愛妾となり、老母関屋と息子たちの命は助かった。

それにしても、源氏の棟梁の愛妾から平家の棟梁の愛妾になった常盤の心中は、いかばかりだったろう。

前代未聞ではある。




今若と乙若はそれぞれ別々の寺に預けられ、乳飲み子だった牛若は常盤の手元で育てられた。

そして、4歳をすぎたころに牛若は山科に移され、7歳になると鞍馬山の別当東光坊に預けられる。

東光坊阿闍梨に仕える稚児となり、遮那王(しゃなおう) と呼ばれた。
遮那王は読書をよくし、仏教を熱心に学んだ。


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