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Channel: 吉備路残照△古代ロマン
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平家物語の群像 源頼政⑫遠からん者は音にも聞け 近からん者は目にも見給へ

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$吉備路残照△古代ロマン-平等院 平等院鳳凰堂

五智院の但馬が、大長刀 (なぎなた) の鞘 (さや) をはずして、ただ一人、橋の上へ進みでた。

平家方は、「射殺せ、射殺せ」と次々に矢を射かけたが、但馬は少しも慌てず、上を飛ぶ矢はかいくぐり、下を飛ぶ矢は飛びこえて、向かってくる矢は長刀で切り落とした。

敵も味方も、あざやかな動きに見とれている。

但馬が、「矢切りの但馬」と呼ばれた所以である。


筒井明秀も、ひとりで橋の上を進んでいくと大音声 (だいおんじょう) をあげた。

「遠からん者は音にも聞け 近からん者は目にも見よ。三井寺の堂衆 (どうしゅ:天台教団では下級僧) に筒井明秀という一人当千の兵がいる。われと思わん者は、かかってこい」

明秀が、箙 (えびら:矢を入れる武具)に24筋さしている矢を立て続けに射かけると、たちどころに12人の敵を射殺し、11人に傷を負わせた。

箙を捨て、毛皮の沓 (くつ) を脱いで裸足になると、橋桁の上をすたすたと走った。

他のだれも橋桁を恐れて渡らないが、明秀には、都大路を走るようなもの。

長刀で、向かってくる敵5人を薙ぎ倒し、6人目の時に長刀がポキッと折れた。

そこで太刀 (たち) を抜いて、蜘蛛手、角縄、十文字、蜻蜒 (とんぼ) 返り、水車と四方八方に斬りまくる。

敵を8人斬り伏せ9人目のとき、太刀を敵の兜の鉢に強打、太刀が折れて宇治川の流れへ落ちてしまった。

やむなく、今度は短い腰刀で死にもの狂いで戦ったあと、ほうほうのていで平等院に戻った。




門前の芝の上に鎧を脱いで、刺さった矢を数えると63筋、裏まで突き抜けた矢が5筋ある。

しかし深手 (ふかで:深傷) ではなかったので、身体の何カ所かに灸をすえ、頭を布でくるんで白い狩衣を着た。

そして、弓を折って杖にし、平足駄を履いて、「南無阿弥陀仏」 と唱えながら、奈良を目指して去っていった。

それから、三井寺の大衆や頼政の郎等、渡辺党らが、明秀が橋桁を渡ったのを見習って、われ先にと駆けだし、平家の陣を目がけて、橋桁の上を渡って行く。


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平家物語の群像 源頼政⑬橋合戦 足利忠綱の先駆け

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$吉備路残照△古代ロマン-橋合戦  橋合戦 /宇治平等院の戦い


橋の上の戦いは、火を噴くような激戦になった。

ある者は敵の首をあげ、ある者は深手を負って腹をかき切り川へ飛び込んだ。

平家方の侍大将・上総の守忠清が、大将軍に進言した。

「橋の上で味方が苦戦しております。ここは川を押し渡るべきでしょうが、五月雨の候で水かさが増しています。無理に渡れば、人馬の多くを失いましょう。川下の淀か一口 (いもあらい)、 あるいは河内路へ軍勢を回してよろしいでしょうか」

忠清の具申を聞いていた下野の国の住人、17歳の足利忠綱が、進み出た。

「忠清殿、淀、一口、河内路へは、インドか中国の兵でも向けれられるのか。ここは我らが引き受けましょう。
目前の敵を討たずに、以仁王を奈良へ逃がしたら、吉野や十津川の勢力が馳せ参じて、面倒なことになります。

武蔵と上野の境に、利根川という大河があります。

かつて、武蔵の秩父党と上野の足利党の仲が悪くなって、合戦になりました。

利根川を前にして上野の新田入道が、『川を渡らなかったら、長く弓矢取りの名折れになる。水に溺れて死ぬのなら死のう。さぁ、渡れ』といって、馬をびしっと集めて筏のようにした馬筏 (うまいかだ) を作って渡ったという話があります」


「宇治川の深さと早さは、利根川と変わらない。続け、もの共」

忠綱が真っ先に馬を川に乗り入れると、3百騎余りの家臣団が続いた。

忠綱が、大声をあげて命じる。

「弱い馬は下流に、屈強の馬は上流に立たせよ。馬の脚が川底に届くうちは、手綱をゆるめて歩かせよ。
届かなくなったら泳がせよ。流された者は、弓に取り付かせよ。兜を傾けて、矢を防げ。流れに逆らわず渡れ。




馬の頭が川に沈んだら、引き揚げろ。強く引きすぎて、水をかぶるな。鞍の真ん中に乗って、あぶみをきつく踏め。水に浸ったら、馬の尻の盛り上がったところに乗れ。

川の中では、弓を引くな。敵が射ってきても、射返すな。兜の上下左右に広がっているしころを傾けよ。
だが、傾けすぎて兜の頂点の穴を射させるな。

馬にはやさしく、水には強くあたれ。川の流れに直角に向かって流されるな。流れに逆らうな、渡れや、渡れ」

忠綱が戒めると、300騎が1騎も流されず、対岸へ上陸した。


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平家物語の群像 源頼政⑭伊勢武者は皆緋縅の鎧着て

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$吉備路残照△古代ロマン-鳳凰堂阿弥陀如来坐像 平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像


その日の足利忠綱の装束は、朽葉の綾の直垂に赤威の鎧を着て、鹿の角を高く立てた兜の緒を締め、黄金作りの太刀を佩 (は) いている。

24筋差した切斑の矢を背負い、滋藤の弓をもって、連銭葦毛の馬に、柏木にみみずくの模様を施した金覆輪の鞍を置いて、乗っていた。

★ 古典文学には、貴族や武士の服装や武具の説明が必ず出てきます。読み流したくない方、映像として思い浮かべたい方は 『国語便覧』 を手元に置いておかれたら便利です

あぶみを踏ん張りながら立ち上がって、大音声をあげた。

「むかし、朝敵・平将門を倒して勧賞にあずかり、名を後世にまで留めた俵藤太 (藤原秀郷) 10代目の末裔、下野国の住人、足利太郎俊綱の子・又太郎忠綱、17歳が参上」

「無位無官の者が、以仁王に向かって弓を引き矢を放てば、天の恐れが少なからずあろうが、弓も矢も仏の加護も、今は平家にある。頼政殿の配下で、
われこそはと思わん者は参られい。相手になろう」

そう口上すると、平等院の中へ攻め込んだ。

平知盛が忠綱の目覚ましい活躍を見て、「渡れ、渡れ」と命じると、28000騎あまりが一斉に宇治川を渡り始めた。

速い流れが、無数の馬筏にせき止められたようである。

雑兵たちは下流の馬筏に取りついて渡ったので、膝から上を濡らさない者も多かった




伊勢と伊賀の官兵は、流れに馬筏を壊されて600余騎が流された。

萌黄や緋縅、赤縅など色々な鎧が浮いたり沈んだりしている様は、大和の国の紅葉の名所神南備山の峰の嵐に誘われた紅葉葉が、秋の暮れに龍田川の堰にひっかかって、たゆたっている様子にそっくりである。

その中に緋縅の鎧を着けた武者が3人、漁師の仕掛けた網代に引っかかって、浮きつ沈みつしながら揺られていた。

その様子を、源仲綱が詠んだ。

○伊勢武者は みな緋縅の 鎧着て

     宇治の網代 (あじろ) に 懸りぬるかな


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平家物語の群像 源頼政⑮埋れ木の花さくことも無かりしに

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$吉備路残照△古代ロマン-扇の芝 頼政が自刃した 『扇の芝』  宇治平等院


平家の大軍が平等院へ攻め込んで激戦になると、頼政らは以仁王を南都・奈良へ逃がした。

頼政は齢77にして戦うが左の膝頭を射られ、「もはやこれまで」と自害しようとしているところに、敵勢が襲いかかった。

次男の兼綱が父を助けようと防戦するが、上総守太郎判官の放った矢が、兜の正面の内側を射る。

兼綱がひるんだところに、上総の守が召し使う次郎丸が萌黄匂の鎧を着て、しころが3枚ある三枚甲の緒を締め太刀の鞘を抜き、馬を並べてむずと組むと一緒に馬から落ちた。

兼綱が次郎丸を取り押さえ、太刀で首を掻いて立ち上がろうとしたところに、平家勢が14、5騎押し寄せ兼綱を討ち取った。


嫡男の仲綱は、激しい戦いで深手を負い、寝殿造りの西の廊の南端にある釣殿で自害。下河辺藤三郎清親が、仲綱の首を大床の下へ投げ入れて、隠した。

六条蔵人仲家と、その子の蔵人太郎仲光も、同じ場所で討ち死にした。

仲家は、故源義賢 (よしかた 木曽義仲の父) の嫡子。

義賢が甥の義平 (頼朝の異母兄) に討たれて孤児となったのを、頼政が養子にして、ねんごろに養育した。


頼政渡辺唱 (となう) を呼び出して、「わが首を討て」 と命じると、

「命じられても出来ません。自害なさった後ならば」

頼政は、それならばと西の方角へ向かって手を合わせ、「南無阿弥陀仏」と声高く10遍唱えて、最期の歌を詠んだ。

○埋れ木の 花さくことも 無かりしに

    身のなる果てぞ 悲しかりける

(訳) 埋もれ木の花が咲くことがないように、私の生涯も時めくこともなく、最期もまた悲しいことだ

太刀の先を腹に突き立て、うつ伏せになって絶命した。



頼政の首は、唱が石に括り付けて、宇治川の底深く沈めた。

平家の侍大将・飛騨の守影家は、以仁王が奈良へ逃げたに違いないと、4、500騎で追いかける。

光明山の鳥居の前で追いつき、雨のように射かけた矢の1筋が、以仁王の左の脇腹に命中。王は落馬、首を討たれた。


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平家物語の群像 文覚①幼馴染みの袈裟と再会

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$吉備路残照△古代ロマン-遠藤盛遠ら3人  遠藤盛遠 袈裟御前 渡辺渡


若いときに恋に狂った破天荒な怪僧いや高僧、文覚 (もんがく) 上人の俗名は、遠藤盛遠 (もりとお)。

盛遠は、渡辺党出身の北面の武士であった。

渡辺党とは摂津源氏の郎等で、ほかに源頼政に仕えた「王城一のイケメン」源 (渡辺)  (きおう)らがいる。

北面の武士は院御所の北面 (北側の部屋) の下に詰め、上皇や法皇の身辺を警衛したり、御幸に供奉したりした武士。

11世紀末に、白河法皇が創設した。

院の直属軍として、主に寺社の強訴 (ごうそ) を防ぐために動員された。

北面の武士出身者には、有名どころでは平清盛源義朝、佐藤義清 (のりきよ のちの西行法師) 、そして袈裟の夫である源 (渡辺) 渡らがいる。

盛遠は、鳥羽天皇の皇女統子 (むねこ) 内親王(上西門院)に仕えていたが、19歳で出家、文覚を名乗った。


『平家物語』は、盛遠が出家した理由をそっけなく、「ある事情で」としか書いていない。

本筋と離れた逸話には、あまり関心がないようだ。

盛遠と袈裟御前とのエピソードは、弟分の『源平盛衰記』 (平家物語の異本) に詳しい。

『源平盛衰記』によると、波乱の人生を歩んだ文覚の出家の動機について、次のような話が伝わっている。

袈裟(本名:あとま)という、美しい女性がいた。


地獄門 原作:菊池寛 『袈裟の良人 (夫)』



・第7回カンヌ国際映画祭 (仏)  グランプリ (パルムドール) 受賞
・第27回アカデミー賞 (米)   最優秀外国語映画賞&衣装デザイン賞
・監督と脚本:衣笠貞之助 
・盛遠:長谷川一夫  袈裟:京マチ子  渡:山形勲


盛遠袈裟とは従兄妹同士で、子供のころはよく一緒に遊んでいた仲である。

盛遠は、「大きくなったら、あとまちゃんをお嫁さんにしよう。」と秘かに心に決めていた。

北面の武士になってしばらく顔を見ていなかったが、淀川に架かる渡辺橋の橋供養の日に、ばったり袈裟と再会した。

気品のある、おとなの女性に成長している。

ところが、思いもかけなかったことに、北面の武士の同僚である渡辺渡 (わたる) の妻になっていた。


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平家物語の群像 文覚②すぐに帰って夫の髪を洗います

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$吉備路残照△古代ロマン-袈裟御前:前田青邨 袈裟御前:前田青邨画


温厚なと気立てのいい袈裟は、人もうらやむ夫婦仲。

幸せな、新婚さんである。

しかし、盛遠はどうしても袈裟を諦め切れない。

激しい横恋慕をして、若い激情を押し通そうとした。

盛遠は叔母にあたる、袈裟の母親・衣川を脅迫する。

「袈裟をください。子供のころから、袈裟を妻にするつもりでした。もし、呉れなければ叔母上を殺します」

恋に狂っている盛遠には理性のかけらもなく、叔母に理不尽きわまりない要求をする。

衣川は娘を呼んで、盛遠の言う通りにするよう頼んだ。


袈裟はやむなく盛遠と一夜を共にするが、盛遠はもう帰さないという。

悩み抜いた袈裟は、事もあろうに、夫の渡を殺してくれるよう盛遠に頼むのである。


地獄門 原作:菊池寛 『袈裟の良人』  約1時間30分

★世界的に評価の高い作品です。お暇な時にごゆっくり


 
・第7回カンヌ国際映画祭 (仏)  グランプリ (パルムドール) 受賞
・第27回アカデミー賞 (米)  最優秀外国語映画賞&衣装デザイン賞
・監督と脚本:衣笠貞之助 
・遠藤盛遠:長谷川一夫  袈裟御前:京マチ子  源渡:山形勲



「私は、これからすぐ家に帰って夫の髪を洗います。それから、お酒を浴びるほど飲ませてから眠らせます。

濡れた髪をたよりに、渡の首を落として下さい。そうしたら、あなたと一緒になりましょう」


急ぎ帰宅すると、袈裟は渡に酒を飲ませ、それから奥の部屋に蒲団を敷いて寝かせた。

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平家物語の群像 文覚③袈裟御前は「貞女の鑑」

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$吉備路残照△古代ロマン-袈裟御前の髪洗い  袈裟御前の髪洗い


袈裟は、夫のに酒を好きなだけ飲ませて、いつもとは異なる奥の部屋で寝るようにすすめた。

それから自分の髪を丹念に洗うと、玄関に近い部屋に蒲団を敷いて横になった。

夜が深くなった。

盛遠が、こちらにやって来る気配がする。

闇にまぎれて屋敷に忍び込んだ盛遠は、袈裟の言葉どおりに、濡れた髪の首を斬り落とした。

その首を持って、屋敷から一目散に走り出た、

そして、月明かりの中で、その首を見てビックリ仰天。

腰を抜かした。

渡、ではない。

なんと、愛しい袈裟の首ではないか!!

一途に思ってくれる盛遠と愛するとの板挟みになって懊悩した末の、これが袈裟の哀れな決断であった。


翌朝、目を覚ました渡がいつも寝ている部屋に行くと、首のない妻の亡骸が横たわっている。

大変なショツクを受けるが、目の前に現れた盛遠の憔悴しきった姿に盛遠を憎みきれず、共に出家して袈裟を弔った。

袈裟の命をかけた犠牲によって、盛遠はやっと自分の罪の深さに気が付いたのである。

衣川も、出家して袈裟の菩提を弔った。




その昔、「忠臣は二君に仕えず、貞女は二夫をかえず」といった。

やみくもに暴走する盛遠を戒めるとともに、夫に操を立てるために自らの命を犠牲にした袈裟御前は、「貞女の鑑」として後世に伝わっている。

盛遠は出家後、文覚 (もんがく) と名乗って、32日間の断食をしたり厳冬期に那智の滝に何日間も打たれたりなどの、人間離れした荒行に打ち込んだ。

その後、政治的な動きが目立つが、『平家物語』は詳細に記している。


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平家物語の群像 文覚④修行といふはいかほどの大事やらん

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$吉備路残照△古代ロマン-遠藤武者盛遠 『遠藤武者盛遠』 歌川国芳画

全身全霊というか傍若無人というか猪突猛進というか、横恋慕だろうと略奪だろうと、周囲の親しい人々を不幸のどん底につき落としながら、一途で激しい己の恋心を袈裟に叩きつけた遠藤盛遠は、出家後、
文覚を名乗ってからの修行ぶりも、やはり激烈である。

どうみても、尋常の人物ではない。

まず、修行とはどういうものか試そうとした。

(原文) 十九の年道心発し出家して修行に出でんとしけるが、修行といふはいかほどの大事やらん試いてみん

6月の風がなく日差しの強い日に、山里の薮の中へ入って裸になって寝転んだ。

全身を虻 (あぶ) や蚊や蜂や蟻が刺したり咬んだりしたが、7日間、文覚は微動だにしなかった。

8日目に起き上がって、「修行というのはこのくらい厳しいものなのか」と、人に尋ねると、「そんなに過酷だったら、生きてはいられまい」という。

「では、大したことはない。」とすぐ修行に出た。

熊野へ参詣して那智籠りをしようと思ったが、まずは修行の小手調べに、名高い那智の滝にしばらく打たれようと滝壺へと向かった。

(原文) 熊野へ参り那智籠りせんとしけるがまづ行の試みに聞こゆる滝に暫く打たれんとて滝本へこそ参りけれ



12月10日のころで、雪が降り積もり、氷が張って谷川は音もしない。

峰は、嵐が吹き荒れて凍っている。

滝の白糸は氷柱になって、上から下まで真っ白で、周りの梢も見分けがつかない。

それでも文覚は滝壺に下りていって首まで浸かり、不動明王の慈救呪  (じくじゅ: 唱えると災厄から免れ、願い事が叶うという)  を唱えていた。

2~3日は、刃物で刺すように冷たい滝壺に浸かっていたが、さすがに4~5日も経つと堪えきれずに浮き上がった。

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平家物語の群像 文覚⑤文覚夢の心地して息出ぬ

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$吉備路残照△古代ロマン-文覚の滝  文覚の滝  和歌山県那智勝浦町

那智の滝は、数千丈(1丈は約3m)も上からみなぎり落ちてくる長大な滝である。

文覚といえど、どうしてこらえることができよう。

浮き上がった途端、下流に押し流された。

刀の刃のように鋭くとがった岩肌の間を、浮いたり沈んだりしながら5、6町(約550~650m)ほども流されていると、美しい童子がやってきて、文覚の手を取って引き上げてくれた。

それを見ていた人は不思議な思いに駆られるが、火を起こして文覚の体を温めていると、ほどなく息を吹き返した。

息を吹き返すと、文覚は大きな眼を怒らせて、大音声を上げる。

「おれは21日間この滝に打たれて、慈救呪  (じくじゅ) を30万遍唱えるという大願がある。今日はまだ5日目だ 。誰がこんなところに連れてきた」

だれも身の毛がよだって、何も言えない。

文覚は、ふたたび滝壺に戻って、立ったまま滝に打たれた。

2日後、8人の童子がやって来た。

文覚の左右の手を取って引き上げようとしたが、散々揉み合いになった挙句、文覚は滝から出なかった。

3日目、ついに文覚は息絶える。





すると、死者で滝壺を穢さないためか、髪の毛をみずらに結った童子が2人、滝の上から下りてきて、いかにも暖かそうな香ばしい手で、文覚の頭の上から手足の爪先、手のひらに至るまで撫でると、文覚は夢心地がして息を吹き返した。

(原文) 滝壺を穢さじとや鬢結うたる天童二人滝の上より下り下らせ給ひて世に暖かに香ばしき御手を以て文覚が頂上より始めて手足の爪先掌に至るまで撫で下させ給へば文覚夢の心地して息出ぬ

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平家物語の群像 文覚⑥春は霞に包まれ、秋は霧に烟り

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$吉備路残照△古代ロマン-大聖不動明王 (左から) 金伽羅   大日大聖不動明王 勢多伽 

文覚が、「あなた方はいったいどなたで、なぜ、私にこのように心をかけて下さるのか」 と尋ねると、

「われらは、大聖不動明王の御使いで、金伽羅 (こんがら) と勢多伽 (せいたか) という童子である。
文覚が大願を発して、厳しい修行をしている。行って力を貸してこい』 という明王の仰せでやって来た」 という。

文覚が、「明王はどこにおられる?」

声を張り上げると、

都率天 (とそつてん) に」 と答えるや、童子らは雲の上はるかに昇っていった。

「そうか、わが行を大聖不動明王が御覧になっているのか」

ありがたくも尊い気持ちにもなって、再び滝壺に戻ると、直立して滝に打たれた。

それからというもの、寒風は身に染みず、落ちてくる水は湯のように感じた。

そして、ついに21日間の大願を成しとげる。

那智に千日籠もったあと、吉野の大峯に3度、葛城に2度、高野、粉川、金峯、白山、立山、富士山、伊豆、箱根、信濃の戸隠、出羽の羽黒など、日本各地を修行して歩いた。

それでも、故郷は恋しかったらしい。

都へ戻ると、飛ぶ鳥を祈り落すほどに効験があるという意味で、刃の験者 (やいばのけんじゃ) と呼ばれるようになった。

それから、文覚は洛北の高雄にはいった。



高雄には、称徳天皇の御世に和気清麻呂 (わけのきよまろ) が建てた神護寺という山寺がある。

久しく修理していないので、春は霞に包まれ、秋は霧に烟り、扉は風に倒れて落葉の下に朽ち、屋根瓦は雨露に浸食されて、仏壇はすっかりむき出しになっている。

(原文) 久しく修造なかりしかば春は霞に楯籠めて秋は霧に交はり扉は風に倒れて落葉の下に朽ち甍 (いらか) は雨露に侵されて仏壇更に顕 (あらわ) なり

住職はおらず、稀に入ってくるものは日月の光ばかりである。


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平家物語の群像 文覚⑦沙弥文覚、謹んで申し上げます

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$吉備路残照△古代ロマン-文覚勧進帳 文覚勧進帳 早稲田大学演劇博物館所蔵


文覚はなんとか神護寺を立派に修復しようと大願を立て、勧進帳を携え、方々の施主 (せしゅ:僧や寺に物を施す人) を勧誘して歩いた。

ある日、後白河法皇の御所・法住寺殿に参上した。

御寄進願いたい、と近臣に申し出る。

御遊 (ぎょゆう:宮中や上皇の御所などで催された管弦の催し) の最中で聞き入れられなかったが、文覚はもとより物事に動じない荒法師。

近臣が取り次がないのだと思い、庭に押し入って声をはりあげた。

「大滋大悲の君が、この程度のことをどうしてお聞き入れ下さらないのか」


文覚は、勧進帳を広げて、声高らかに読みあげた。


沙弥文覚、謹んで申し上げます。

貴賤道俗から広く助成をいただいて高雄山の霊地に寺院を建立し、現世と来世の安楽という大いなるご利益を勤行 (ごんぎょう:仏道の実践に努める) することを乞う勧進の書状であります。

真理とは、果てしなく広大なもの。

悲しいかな、仏は早くに姿を隠し、生死流転 (しょうじるてん:生死を繰り返して、果てしなく三界六道の迷界をめぐること) のこの世は暗黒となった。

妄念 (もうねん:迷いの心) の雲は真理を覆い、衆生 (しゅじょう:生あるもの全て、特に罪深い人間) が本来もっている清浄な仏性の光はかすかである。


人はただ酒色に耽り、人を謗り、法をないがしろにしている。どうして、閻魔大王 (えんま:仏教における地獄の責任者) や獄卒 (ごくそつ:地獄で死者を責める悪鬼) の責めを免れることができようか。

(原文) 只耽色耽酒誰謝狂象重淵迷徒謗人謗法是豈免閻羅獄卒責





私はたまたま俗塵 (ぞくじん:浮世のちり) を払って法衣を着てはいるが、今なお悪い心がはびこり、日夜、悪心を生じ、立派な考えは耳に逆らってすぐに消えてしまう。



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平家物語の群像 文覚⑧勧進修行の趣かくの如し

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$吉備路残照△古代ロマン-神護寺薬師如来立像国宝  神護寺薬師如来立像 (国宝)

再び地獄の火穴に落ちて、苦界を輪廻 (りんね:いろんな動物の姿で生まれ変わる) することは、何とも痛ましいことよ。

釈迦牟尼の説かれた教えの一つひとつが、悟りの根本原理を説き明かしている。ゆえに、仏の縁に従い、釈迦の説かれた教えを守るならば、悟りの境地に到らぬことはない。

文覚は無常のこの世に涙を落として、貴賤道俗を問わず誘い、九品往生 (極楽浄土に往生する者に9等級がある) の上品の蓮台と縁を結び、仏の霊場を建立したい。

高雄は、山が高くて鷲峰山の梢が眺められ、谷は静まりかえって商山洞の苔を敷き詰めているようだ。岩走る水は布を引くがごとく、峯々では猿たちが枝々を飛び回って鳴いている。

人里からは遠く離れ、俗世の塵もない。修行を邪魔立てするようなものはなく、信仰のみ。

地形はきわめて優れ、諸仏を崇めるににふさわしい。

しかるに、寄進はまだ僅か。

砂を集めて仏塔とするような些細な功徳でも仏の機縁を感じる、と聞く。まして、わずかな額でも寄進して頂けたら、仏の功徳が高いことはいうまでもない。

神護寺の建立が成就して、天皇の御代が安泰で、人々が尭舜の世のごとき安寧を謳歌することを願う。

精霊の魂は死の前後や身分にかかわらず、すみやかに真実の浄土に至らんことを。

勧進修行の趣は、この通りである。

  治承3(1179年)年 3月日(さんがつのひ) 文覚



その頃、後白河法皇の御前では太政大臣藤原師長が琵琶を奏で、和漢朗詠集などの詩歌をみごとに朗詠し、按察大納言資方は6絃の和琴を鳴らし、風俗歌や催馬楽を歌っていた。

(原文) 折節御前には妙音院太政大臣御琵琶遊ばし朗詠めでたうせさせおはします。按察使大納言資方卿拍子取つて風俗・催馬楽(さいばら)歌はる。


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平家物語の群像 文覚⑨神護寺へ荘園を寄進くだされ

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$吉備路残照△古代ロマン-文覚上人荒行文覚上人荒行 萩原守衛 碌山


四位の侍従・盛定が、和琴をかき鳴らして今様を歌った。

御所のそこかしこまで賑やかになり座が盛り上がって、後白河法皇も上の句を受けて下の句を続ける。

そこに文覚がわめきながら現れたので、御遊が台無しになってしまった。

法皇が、「こいつ何者だ、狼藉である。素っ首を突け」と命じると、さっそく現われた血気盛んな男たちの中から、判官の平資行が進み出ていった。

「お前、何をわめいている。院の命令だ。すぐに出ていけ」

「高雄の神護寺へ荘園を一か所寄進するまでは出ていかぬ」

資行が近寄って首を突こうとすると、文覚は勧進帳を持ち直して資行の烏帽子をはたと叩いて打ち落とし、拳を強く握ると胸をどんと突いて、仰向けに突き倒した。

資行は、あわてて逃げて行った。

文覚は懐から馬の尾で柄を巻いた冷たく光る刀を抜いて、近寄る者を突こうと身構えた。

左手に勧進帳、右手に刀を持って立ち回ったが、左右の手に刀を持っているように見えたという。

公卿も殿上人も騒ぎだして、御遊どころではなくなった。

そうこうするうち、文覚より腕の立つ戦いのプロがやってきた。

文覚ももとは遠藤盛遠という北面の武士だが、よんどころない事情で、仏道修行に入って久しい。

    文覚③袈裟御前は「貞女の鑑」 参照



信濃国の者で安藤右宗という武者所の武士が、「何事だ」と太刀を抜いて駆け込んできた。文覚は獲物がきたとばかりに飛びかかるが、安藤武者のほうが一枚上手だった。

余裕がある。

ここで斬ってはまずいと思って、太刀を握り直すと、文覚の刀を持った方の腕をしたたかに打ちすえ、文覚がひるむと、「やったぞ~」と太刀を捨てて組みついた。

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平家物語の群像 文覚⑩宛先はどなたへ、清水の観音様

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$吉備路残照△古代ロマン-清水寺の十一面千手観音立像   秘仏十一面千手観音立像 京都清水寺本尊

文覚安藤はいずれ劣らぬ怪力で、上になったり下になったり転がりながら取っ組み合っているところを、
周りの者たちが寄ってたかって、文覚を取り押さえた。

門外へ引きずり出して、検非違使庁の役人に渡した。引っ張られながらも御所の方を睨みつけ、躍り上がってどなる。

「寄進もせず、文覚をひどい目に会わせるとは。今に思い知らせてやる。この世は煩悩と苦しみに満ちている。天皇や法皇といえども、免れることはできない。
黄泉に旅立った後は、獄卒の責めを免れることはできぬ」

「この法師はとんでもないことを言う。牢屋へ閉じ込めておけ」

平資行判官は烏帽子を打ち落とされた恥ずかしさに、しばらくは出仕しなかった。安藤右宗は文覚を取り押さえた褒美として、右馬允 (うまのじょう) に昇進。

ほどなく、鳥羽天皇の皇后美福門院得子が崩御して大赦があり、文覚は放免となった。

ほとぼりが冷めるまで仏道修行に励んでいればいいものを、すぐに勧進帳を携えて施主を勧誘して回った。

しかも、「世の中はすっかり乱れて、君主も家臣も滅び失せようとしている」 などと言いふらす。

「文覚を都に置いておくわけにはいかん、流罪にせよ」 と伊豆国に流される羽目になった。

そこで、平家打倒をそそのかす源頼朝に出会うことになる。

当時、伊豆は源三位の嫡子仲綱が国守。仲綱の命により船で下ることになり、検非違使庁の役人が2、3人随行した。

役人が、「手心を少しは加えられます。聖の御坊に知り合いはありませんか。遠国へ流されるのです。土産や食い物などを求められてはどうでしょう」 と親切なことをいう。

「そのようなことを頼める者はいない。いや、東山におられる。手紙を書こう」

役人が粗末な紙を渡すと、怒って、「こんな紙に書けるか」 と投げ返した。



厚紙を探してくると、笑って、「字を書けないのだ。いう通りに、おまえら書け」

「高雄の神護寺造立供養のために、勧進帳を携えて施主を勧誘して歩いておりますが、後白河法皇の世となって、寄進を頂けないばかりか、伊豆国へ流罪になりました。遠路ですから、土産や食糧などが必要です。使いに持たせて下さい」

書き終えて、「宛先はどなたへ」 尋ねると、「清水の観音様」

文覚さん、痛快なまでに人を食ってる。


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平家物語の群像 文覚⑪龍王はいるか、龍王はいるか

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$吉備路残照△古代ロマン-文覚上人屋敷跡 文覚上人屋敷跡 神奈川県   鎌倉市雪ノ下

「さては、検非違使庁の役人をだまされたな」

文覚は、観音様を深く信仰している。ほかの誰に、お願いしろというのだ」

文覚には、悪びれた様子などかけらもない。

伊勢の阿濃津から舟で下ってきたが、遠江の天龍灘でにわかに強風が吹き荒れ、大波が舟をひっくり返そうとした。

水夫や船頭たちは懸命に転覆を免れようと努めたが、もはやこれまでと観念した。

ある者は 「観世音菩薩」 の名号を唱えだし、ある者は 「南無阿弥陀仏」 と唱えはじめる。

文覚は、少しも騒がず舟底で高いびきをかいて寝ていたが、まさに舟が転覆しようとする瞬間、はね起きた。

舟首に立つと、怒涛のような荒波の彼方を睨みつけて、大声を張り上げる。

龍王はいるか、龍王はいるか」

「どういうつもりで、大願を発した文覚が乗っている舟を沈めようとするのか。天罰を受けるぞ、龍神どもめ」

そのためかどうか、激しく荒れ狂った波風は、ほどなく静まって、無事、伊豆に着いた。


平家物語は文字通り 「物語」 であって、必ずしも 「史実」 に則ってはいない。

琵琶法師が、日本各地のあらゆる階層の人々に語って聞かせた 「お話」 である。

「本」 の場合、もし内容を理解できなかったら、分かるまで何度も読み返せる。

琵琶の弾き語りの場合、「もう一度、お願いします」 とはなかなか頼めなかっのではないだろうか。

話の流れを止めて興をそぐうえに、ほかの多くの聴き手に迷惑をかけるからだ。

それゆえ、話し手である琵琶法師としても、聴衆の反応をみながら、彼らの頭にはいりやすいように、少しずつ話の内容と構成を修正していったのではないか。

入り組んだ人間関係や細かい心理の綾などの描写はできるだけ避けて、単純明快な内容と構成にしていった。

そして、明快さを 「史実」 に優先させた。



たとえば、平清盛にまつわることはすべて 「悪」 であり、嫡男の重盛はとにかく何があっても 「善」 人である。

史実では明らかに重盛の 「悪」 い行動をも、あろうことか、無実の清盛が仕出かしたことにしている。

清盛には好い面の皮だ。

宗盛はいつも 「愚」 かであり、知盛は常に 「賢」 い。

登場人物を、「善と悪」 や 「賢と愚」 に色分けしたのは、聴衆が理解しやすいようにという、『平家』 作者の計らいではなかったか。

文覚に話を戻そう。

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平家物語の群像 文覚⑬ほら、これが院宣だ

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$吉備路残照△古代ロマン-源頼朝切手  前右兵衛佐 (さきのうひょうえのすけ) 頼朝  (通称:すけどの 、 鎌倉殿)

文覚は、院宣を首に掛けると、頼朝の待つ伊豆にむかって駆け出した。

一方、慎重居士の頼朝は、「文覚が無茶なことを後白河法皇に申し出なければいいが。困ったことにならなければいいが」 などと案じていた。

伊豆をでて8日目に、文覚が戻ってきた。

「ほら、これが院宣だ」

頼朝は、院宣という言葉のかたじけなさに、新しい烏帽子 (えぼし) と浄衣を着て、手水 (ちょうず) でうがいをしてから、院宣を3度拝して開いた。

         院  宣

「ここ数年、平氏一門は皇室をないがしろにして、勝手に政道を行っている。仏法を破滅させ、朝廷の権威を失墜させようとしている。
わが国は神の国である。皇祖の霊廟、伊勢神宮・石清水八幡宮が並んで、神徳はあらたかである。
それゆえ、朝廷が開かれてのち、数千余年、朝廷を傾け、国家を危ぶめようとする者が、敗北しなかったことはない。



そこで、神の助力にすがり、あるいは勅命の趣旨を守って、すみやかに平氏の一味を滅ぼし、朝廷の怨敵を退けよ。
先祖代々の兵略に従い、先祖代々の奉公の忠勤にいっそう励んで、身を立て家を興せ。

  院宣はこのとおりである。よって通達も件のごとし。
  治承四年七月十四日 前右兵衛督・藤原光能が奉る。

・・ ・・ ・ ・ 前右兵衛佐頼朝殿

頼朝は、石橋山の合戦のときも、この院宣を錦の袋に入れて首に掛けていたという。


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平家物語の群像 文覚⑭残党狩り 六代の運命は

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$吉備路残照△古代ロマン-頼朝と政子  源頼朝と北条政子  
視線の先は霊峰富士
  蛭ヶ小島公園 (頼朝の配流地)

文治元(1185)年、北条時政は、頼朝の代官として都を守護していた。朝廷との交渉とともに平家の残党狩りが、主要な任務である。

「平家の男子を差し出した者には、好き放題に褒美を取らせる」 という触れを出すと、京中の者が平家ゆかりの男子を捜して回った。

低い身分の子でも、色白で美しい顔立ちをしていると、「○○中将の若君だ」、「○○少将の公達だ」 などと言い募っては、褒美にありつこうとする。

幼い者は水に沈めたり土に埋めたりして殺し、少し大人びた者は締め殺したり刺し殺したりした。母親の悲しみや、乳母の嘆きは例えようもない。


平家一門の遺児の中でも、別格の存在がいる。平清盛ー重盛ー維盛ー六代とつづく、平家嫡流の嫡子・六代である。

清盛が非情に徹することができず、頼朝を助けたばかりに平家は滅び去った。いつ立場を逆にして、同じことが起こるかも知れないのだ。

時政は、部下に命じて都中を探させたが、どうしても見つからない。そんな時、ある女房が六波羅に来て密告した。

「遍照寺の奥の大覚寺という山寺の北の菖蒲谷という所に、維盛様の北の方と若君と姫君が、暮らしておられます」

「まことか!! それは、いいことを聞いた」

さっそく部下をやって、様子を探らせると、ある宿坊に多くの女房と幼い子供たちが人目を忍ぶようにして住んでいる。

生垣の隙間からのぞくと、庭へ走り出た白い子犬を追って、世にも美しい幼い男の子が出てきた。乳母らしい女房が、「若君、なりません。人が見ているかも知れません」

あわてて中へ引き戻した。

部下は、六代に間違いないと確信、時政に報告した。

翌日、時政は軍勢を率いて菖蒲谷を囲んだ。

(原文) 「平家小松三位中将維盛卿の若君六代御前のこれにまします由承つて鎌倉殿の御代官として北条四郎時政が御迎に参つて候ふ。疾う疾う出だし参らさせ給へ」

「維盛殿の若君・六代様がこちらにおいでの由をお聞きして、源頼朝の代官・北条時政がお迎えに参りました。急いでお出まし下さい」



母親の建春門院新大納言は、気が動転した。

斎藤五宗貞斉藤六宗光が周囲を走り回って様子を見ると、武士たちが四方を取り囲んでいて逃げようがない。

母は六代を抱え、「私を殺して下さい!!」 とわめき叫んだ。


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平家物語の群像 文覚⑮文覚坊、上臈の子を弟子にせん

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$吉備路残照△古代ロマン-弁財天と北条時政  弁財天と時政  歌川国貞画

ふだんは大きな声など出さずひっそりと暮らしていたが、今は宿坊にいる者たちは声をあげて泣き叫び、悲しんでいる。

時政もさすがに憐れで、涙をこらえて待っていたが、また人を遣わした。「まだ世の中が鎮まっていないので、おかしなことが起こるかもしれません。源頼朝の代官、北条時政がお迎えに参りました。急いでお出まし下さい」

六代はけなげにも、建春門院新大納言にいった。「母上、もはや逃れられません。私をここから出して下さい。鎌倉武士が乗り込んで来たら、ひどいことになりましょう」

母は、泣きながら六代に衣を着せ櫛で髪をとかして送り出したとき、黒檀の小さくて美しい数珠を持たせた。「最期の時が来たら、この数珠で念仏を唱えて極楽浄土に行きなさい」

六代が受け取って、「今日でお別れです。父上のおられるところへ参ります」と言うと、10歳になる妹夜叉御前が、「私も参ります」 と兄とともに出ようとしたのを、乳母が引き止めた。

六代は12歳だが世間の14~5歳よりも大人びて、容姿も性格も優雅。御輿に乗ると、武士たちが取り囲んで出発した。

斎藤五宗貞と斉藤六宗光も、御輿の左右に付き添った。時政は乗換馬を用意して、ふたりに、「馬に乗れ」 とすすめたが、嵯峨の大覚寺から六波羅まで裸足で歩いた。

建春門院新大納言と乳母は、天を仰ぎ地に伏して泣いた。



数日後、斎藤六宗光が戻ってきて、六代から預かってきた手紙を建春門院新大納言に渡した。

「私は、何事もなく元気にしております。母上は、さぞかし心細いことでしょう」 などと大人びたことを書いてある。手紙を懐に入れると、黙って衣を被って臥せた。

六宗光が、「若君が気になります。お返事を頂いて戻ります」 というと、建春門院新大納言は涙ながらに手紙を書いた。

乳母が大覚寺を抜け出して周辺を泣きながら歩いていると、ある人が、「高雄の神護寺に文覚房という聖がおられます。
源頼朝殿がとても大事に思われている御坊で、貴人の御子を弟子に欲しがっていられるそうです」 という。


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