第十九帖 薄雲
光源氏内大臣時代 31歳冬~32歳秋
几帳 きちょう
二本のT字型の柱に帳(薄絹)を下げた間仕切り。
風や視線を遮るとともに装飾とした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
源氏は思いもよらなかった藤壺尼宮の重篤の知らせに驚き、取るものも取り敢えず見舞いに訪れた。
几帳の前で泣いている女房たちに尼宮の容体をたずねた。
「ここ数か月ご気分がすぐれなかったのに、お勤めを怠らずなさった疲労が積もってますます衰弱されたところに、最近は柑子もお口にされなくなりました」
几帳の向こうから、尼宮の震えるような微かな声が聞こえてくる。
「故桐壺院のご遺言どおり、帝のご後見をしてくださっていることを心から感謝しておりました。
何かの機会に、お礼を申し上げようと思っていたのですがー」
「つい先日、太政大臣がお隠れになって、この世の無常がしみじみ身に沁みておりましたのに、尼宮もこのように病に伏せておられますと、心がとり乱して、私の命ものこり少ないような気がいたします」
源氏が几帳ごしに静かに語りかけているうちに、藤壺尼宮は燈火が消えるように亡くなってしまった。
あの時から、尼宮は息子である冷泉帝を守るためだけに生きてきた
幼いころから片時も源氏のこころを去ることのなかった永遠の女性との、永遠の別れである。
四十九日の法要が済んだころ、母后のころから仕えていた比叡の夜居僧都が、人目のない頃合いを見計らって、冷泉帝に、亡き藤壺尼宮が生涯をかけて守ってきた『出生の秘密』を打ち明けた。
千年の恋 ひかる源氏物語 Amazon |
トワ・エ・モワ ゴールデン☆ベスト 2,037円 Amazon |
スメタナ:わが祖国 1,234円 Amazon |