琵琶法師
闇討ちで忠盛を亡き者にしようとして頓挫した貴族らは、次に卑怯きわまる方法で忠盛を辱め、実力行使を誘おうとした。
場所柄、刀に手を掛けることはあるまいと踏んだ上で、何人かが殴られる位のことは覚悟したのだろう。
囃し続けた。
「平忠盛はやぶにらみ、平忠盛はやぶにらみ」
この陰湿な卑しい心性は、そのまま貴族社会の終焉を示しているのではないだろうか。
一方、もし忠盛が怒り心頭に発して彼らに手を出せば、ただちに貴族社会から追放されるだろう。
さすがに、なす術がない。
舞い終えると、忠盛は宴会が終わる前に無念の思いを残して御殿を退出するが、貴族たちの見ている前で、女官を呼び出して、先ほど彼らに見せつけた刀を預けた。
あとで分かることだが、この行為には驚くほどの忠盛の聡明さと深謀遠慮が隠されている。
新聞や週刊誌風に書くと、「今の政治家に欲しい」ところだ。
庭に降りると、郎等の家貞が不安げな面持ちで待ちかねていた。
「殿、如何でございました?」
忠盛は、貴族らから受けた屈辱をどれほど家貞にぶちまけたかったことか。
だが、家貞の直情径行の性格を知る忠盛は、それらの言葉をごくりと呑み込んだ。
「格別のことはない」
もし口にすれば、家貞は抜刀して貴族たち目がけて斬り込むだろう。
このあたりの緊迫感にあふれた、また主従の間にかよう情の簡潔な描写、平家物語でも白眉の名文である。
五節豊明の節会と宴会が終わると、貴族たちは刀を帯びて参内した忠盛の行為と、家臣を小庭に控えさせたことは前代未聞だと、忠盛を罷免するよう鳥羽上皇に訴えた。
3番目の策謀である。
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