生きとし生けるもの
小1時間はたったろうか、ようやく驟雨がおさまると、空が一気に晴れ上がっていった。
セミの声がよみがえって、生命力そのもののように、再びわたしの耳に届きはじめた。
午後4時近く。
ほっとした思いで、ふもとへの道をたどった。
山腹に立ち並ぶ樹木を見上げると、雨滴にぬれた無数の葉がつやつやと生い茂っている。
みずみずしい雨上がりだ。
そのうち、濃淡を織り交ぜた木々の緑とわたしの内なる何かが、どこかで交感するようになり、わたしから次第に現実感覚が遠のいていった。
今、こうして大いなる自然の中に生きている、いや生かされている。
心の底から溢れるような充足感と喜びに、わたしは包まれていった。
肩を並べて歩いているSはもはや誰でもなく、風や雲や鳥や花や路傍の石ころと同じく、わたしとともに自然の一部であり、その豊かな恵みの中で、生きとし生けるものであった。
今になって振り返ると、あの時の体験は、森羅万象に対して人間のさかしらな自意識を持たずに向き合えた、短いが至福の時だったような気がする。
驟雨に見舞われ、大野城跡探訪どころではなかったが、自分の人生に珠玉のような彩りを与えてくれた一日であった。
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自然との一体感 ④生きとし生けるもの
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