内裏(だいり)
そして、身体を小刻みに震わせている。
というのは、若宮が源氏とあまりにも似ているのだ。
今は、そのことを源氏に知られたくない。
しかしいずれ、だれが見ても、「若宮は、源氏の君そっくり」と思うだろうし、なかには、「若宮の父親はもしや」と怪しむ者だっていよう。
事の成り行きによっては、弘徽殿女御一派にとって願ってもないチャンスの到来だ。
源氏と藤壺と若宮の3人をそろって、帝を裏切った犯罪人として宮中から追放できる。
追放ではすまないかも知れない。
4月にはいって、藤壺はようやく若宮とともに参内した。
若宮は成長ぶりが目覚ましく、早くも寝返りを打つようになっている。
ある日、源氏が藤壺の部屋に呼ばれて御簾(みす)をへだてて琴を奏でていると、帝がさも大事そうに若宮を抱いて御簾の向こうから現われた。
そのごろ、帝が、体調のおもわしくない藤壺を慰めるために源氏をよんで、琴を奏でさせたり笛を吹かせたりしていた。
「わたしには皇子はたくさんいるが、幼い時期に抱いていたのは、淑景舎(しげいしゃ:桐壺)に住んでいた光だけだ。若宮を見ていると、あの頃の光を思いだす。不思議なほどに、お前たちは似ている。優れた子供は似るものなのだろうか」
源氏は激しく動揺して顔面蒼白になり、琴を爪弾いていた指先が硬直した。
ありがたくも嬉しくもあるが、身体が凍りつくように恐ろしい。
御簾の向こうでは、藤壺が身体を固くして震えている。
帝は、若宮をたいそう可愛がっている。
かつて皇子たちのうちでもっとも愛していた源氏を、世間が承服しないだろうと東宮(とうぐう:皇太子)に立てなかったことを今も悔やんでいる。
若宮の母親の藤壺は、先帝の娘。
それゆえに、若宮は「疵(きず)のない玉」だそうだ。
東宮から帝への路線がほぼ用意されている。
帝の孫が「疵のない玉」なら、大納言の孫はなんだろう。
源氏は、「疵のある玉」か「玉に疵」か。
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