*六條院 二条院の次に光源氏がすんだ邸宅。栄華の象徴
庇・廂(ひさし)の間 御所
恥ずかしそうに奥の方へにじり入ろうとする様子が、いかにも初々しい。
命婦は笑いながら、
「姫君の子供っぽいところが、私は心配でなりません。ご両親がご健在ならばそれでもよろしいのでしょうが。
高貴な方とはいえ、今のように心細い境遇になられたからにはもっとしっかりして頂かないと。いつまでも世間を怖がっておられるようでは、行く末が案じられます」
末摘花はいたって従順な性格で、人の意見には素直に従う。
そういうところが亡き夕顔に似ていると、命婦は思うのだろう。
「お返事を申し上げないで黙って聞いていてもいいのなら、格子を閉めてこちらでお伺いしましょう」
「縁側に源氏の君をお通しするなんて、あまりにも失礼です。まさか、軽はずみな振る舞いはなさらないでしょう」
命婦は廂(ひさし)の二間と母屋のさかいにある襖( ふすま)に錠をおろしてから、敷き物を敷いて座席を整えた。
末摘花は恥ずかしいが、こういうばあいの心得などないので、「そういうものなのだろう」と命婦に任せっきりだ。
乳母(めのと)をはじめとして年を重ねた女たちは、部屋に入って横になりうつらうつらしている。
2、3人の若い女房たちは、世に名高い美貌の源氏の姿をひとめ見たいと胸をときめかせている。
命婦は末摘花を見苦しくない衣装に着替えさせたり、身繕いさせたりした。
しかし、末摘花は少しもうれしそうでない。
命婦は源氏にたびたび、「姫君から返事がこない」と責められていたから苦し紛れにこんな手引きをしたが、末摘花を気の毒な目にあわせはしまいかと心配になった。
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*切切とした真情の吐露、メールではこうはいきませんね。
川端康成と伊藤初代
(書き出し) 「僕が十月の二十七日に出した手紙見てくれましたか。君から返事がないので毎日毎日心配で心配で、ぢっとして居られない。手紙が君の手に渡らなかったのか、
お寺に知れて叱られてゐるのか、返事するに困ることあるのか、もしかしたら病気ぢゃないか、本当に病気ぢゃないのかと思ふと夜も眠れない」 川端康成記念会提供
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