

命婦は、「姫君に会いたい」という源氏の望みをむげに断るわけにもいかず、まず物越しにふたりを会わせることにした。
「なにか物をへだてて姫君とお話しになってください。お気に召さなければ、そのまま帰られても構いません。もしご縁があれば、お通いください。だれも咎めたりはしません」
恋愛のエキスパート、命婦らしい計らいである。
八月二十日過ぎのこと。
月の出がいやにおそく空には星の光ばかりがきらめいて、松の梢を吹くかすかな風の音が心細く聞こえている。
末摘花はめずらしく命婦と語りあっているうちに、昔のことを思い出して泣きだした。
命婦は源氏を招くいい機会だと思い、女童(めのわらわ)に呼びにやらせる。
源氏は、常陸宮邸にお忍びでやってきた。
月がようやく空に昇り、気味悪く月に照らされている荒れた垣根のあたりを眺めていると、姫君が琴をかきならす音が聞こえてきた。
命婦に勧められたのだろうが、なかなかいい音色だ。
命婦は、別の聞き方をしている。
「男の気を引くために、もう少し当世風に弾けばいいものを」
源氏は、邸内にはいるとすぐに命婦を呼んだ。
命婦は源氏の来訪を初めて知ったような驚いた顔をして、末摘花につたえた。
「困りましたわ。源氏の君が、お越しになられました。姫君からのお返事がないので、『お会いして、お話をしよう』と度々おっしゃっていたのです。どのように、お返事を申し上げましょうか。几帳越しにでも、お話をなさいませんか」
「わたしは、男の方とお話ししたことなどございませんのに」
恥ずかしそうに奥の方へにじり入ろうとする様子が、いかにも初々しい。
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