夕顔、浮舟の女君のやうにこそ
そんな、いくつもの不幸が重なって沈みがちな少女に、叔母が『源氏物語』全巻を与えて慰めてくれた。
少女は、「后の位も何にかはせむ(女性にとって最高の名誉である后の位も問題にならないほど幸せ)」と『源氏物語』に陶酔し、ますます物語の世界と現実の見境がつかなくなっていく。
「われはこの頃わろきぞかし、光源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ」
(私は今は不器量なの。でも、年頃になったらキレイになって、光源氏に愛された夕顔や、宇治の大将に思われた浮舟のようになってるわ)
長年の夢だった『源氏物語』の読破は実現した。
だが、家事をしている時に家が焼けたり、国司再任を願う父が選に漏れたり、現実の生活では不幸が重なっていく。
ひそかにロマンスを期待していた宮仕えには馴染めないまま、気の進まない相手と結婚させられた。
光源氏も宇治の大将も、ついに彼女の前には現れず、夕顔にも浮舟にもなれなかった。
晩年は家族とも別れ、孤独な生活の中で50余年の人生をひっそりと閉じた。
夢見がちな菅原孝標の女は、現実に裏切られ続ける。
人生は一場の夢、とは言いながら、何びとも夢に生きることはできない。
彼女の悲劇はそこにある。
だが、夢と現実のギャップに傷つき苦しんだからこそ、『更級日記』という千年の風雪に耐える作品を生み出したのであろう。
これで古典がよくわかる (ちくま文庫)/橋本 治
¥714
Amazon.co.jp
田辺聖子の古典まんだら〈上〉/田辺 聖子
¥1,470
Amazon.co.jp
古典がもっと好きになる (岩波ジュニア新書)/田中 貴子
¥777
Amazon.co.jp
↧
▼更級日記 千年の風雪
↧