琴(きん)を弾く女三の宮。源氏の二番目の正妻。
紫の上は源氏「最愛の妻」であることに変わりないが--。
寝殿造の格子 風俗博物館
源氏は言葉どおり、十六夜(いざよい)の月の美しい時分に姿をみせた。
「今夜は月明かりですが、すこし霞んでおります。琴(きん)の音(ね)は冴え渡らないのではないでしょうか」
大輔の命婦(たいふのみょうぶ)が困ったように源氏にいうと、
「一曲でいい、琴を弾いて下さるよう姫君にお願いしておくれ」
命婦は自分の部屋に源氏を待たせて、末摘花(すえつむはな)のいる寝殿にむかった。
寝殿はまだ格子を上げたままで、末摘花は梅の香がほのかにただよう庭を眺めている。
命婦は、さきほど源氏にいったことと反対のことを口にした。
「琴の音色が、美しく冴えわたるような夜でございます。いつもは気ぜわしくお伺いしてばかりで、ゆっくり姫君の琴の音をお聴かせ頂いたことがございません」
「琴の音色を分ってくださる人がいたのですね。でも、あなたのように宮中にお出入りしている耳の肥えた方にお聞かせする自信はありません」
そう言いながら、琴を手元に引き寄せた。
子供のように素直な末摘花だが、それだけに返って、姫君の琴の音色を源氏がどう聞くか他人事ながら心配になった。
末摘花がかすかに掻き鳴らしはじめた琴の音色は、源氏にはさほど上手ではないが古風で床しく聞こえる。
命婦はすばらしく機転の利く女で、末摘花の琴の音をあまり長くは源氏に聞かせないほうがいいと思い至った。
「わたしの部屋に客が来ることになっております。いつまでもこちらにおりますと、その人を嫌っているように受け取られかねません。また、お聞かせください。御格子を下ろしておきます」
命婦が自分の部屋に戻ってくると、源氏、
「中途半端な所で、弾くのをやめられたね。上手かどうか聞き分ける間がなかった」
源氏はどうやら末摘花の琴の音に関心をもったようだ。
「今度は、もっと近い所で立ち聞きさせておくれ」
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