結び文
紫草
「なるほど、まだまだ子供だ。しかし、それだけに教育のしがいがある」
翌日、源氏は尼君あてに丁重なお見舞いの手紙を書いて、小さな結び文をつけた。
○いはけなき 田鶴の一声 聞きしより
葦間になづむ 舟ぞえならぬ
*いはけなき(幼けなき) *田鶴(たづ)
ひな鶴(若紫)の一声を聞いてからというもの (早くそちらへ行きたいのに) 葦間を分けて行き悩む舟(源氏)のじれったいことです
若紫の声は、よほどかわいかったようだ
少納言の乳母が、返事をしたためた。
「尼君は、今日一日も危い容体でございます。今から鞍馬の山寺に移ります。昨日お見舞いいただいたお礼は、あの世からさせて頂くことになりましょう」
秋の夕暮れはただでさえしんみりとして寂しいのに、源氏は心の休まるひまもなく恋い焦がれている藤壺のことを思いつめていた。
今ごろ、どれほど悩み苦しんでおられることだろう。
一方では、藤壺の姪にあたる幼い姫君を手にいれたいという気持ちがますます募っている。
○手に摘みて いつしかも見む 紫の
根に通ひける 野辺の若草
*いつしかも…いますぐに~したい
早く手に摘みとって自分のものにしたいものよ。紫草(藤壺)にゆかりのある野辺の若草(若紫)を
久しくご無沙汰していた鞍馬の尼君へお見舞いの使いをやると、兄の僧都から返事がとどいた。
「先月の20日ごろ、尼はとうとう身罷りました。人の世の定めとはいえ、悲しいものでございます」
源氏は世の無常をしみじみと思い、それから幼い姫君の身の上を案じた。
「ひとり残された姫君は今ごろどうしているだろう。子供心に尼君を恋い慕っているに違いない」
源氏は自身が幼くして母に先立たれ、ほどなく祖母も亡くした当時のことを思いだして、心のこもったお見舞いをした。
姫君も源氏も父は存命しているが、今風にいえば二人とも愛人の子である。
后のなかでは身分の低い更衣(こうい)の子である源氏は、ゆくすえ兄弟のなかで肩身が狭いだろうということを懸念して、桐壺帝は最愛の息子を臣籍に降下させたのだ。
少納言の乳母から、行き届いた返礼がとどいた。
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若紫 21 尼君、逝去
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