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Channel: 吉備路残照△古代ロマン
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平家物語の群像 建礼門院⑮平家一門、滅亡へ

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$吉備路残照△古代ロマン-壇ノ浦の戦い  壇ノ浦の戦い

「それでも、筑前国(福岡県)の大宰府とやらに着くと、気持ちが少し落ち着きました。しかしすぐに、緒方維義(おがた これよし)という者によって九州から追い出され、山野広しといえど立ち寄る場所がなくなってしまいました」

「秋の暮れには、昔は宮中で眺めていた月を、西海の波の上で眺めながら夜を明かしておりました」

「10月には、平清経殿(清盛の孫、重盛の3男)が、

『都を木曽義仲に追われ、九州を維義に追い出だされた。まるで網にかかった魚のようだ。どこへ行けば逃げられるのか。もはや、長生きできる身ではない』と、

海に身を投げました。この出来事が辛いことの始まりです」

「波の上で日を暮らし、船の内で夜を明かしました。献上品はむろんなく、安徳天皇の御食事もままなりません。たまに食べ物があっても、水がありません。大海原に浮かんでいますが、塩水だから飲めません」

餓鬼道の苦しみとは、こういうことかと思い知りました」

「室山と水島における2度の戦いに勝利した時は、一門の者たちは少し元気を取り戻しました。そして、一の谷というところに陣を築きます。しかし、源義経に襲われて一門の半数以上が討たれ、多くの武士が殺されました」

「明けても暮れても、合戦の雄叫びの絶えることがありません。阿修羅と帝釈天の戦いも、これほどではありますまい」

「一の谷を攻め落とされたとき、親は子に先立たれ、妻は夫と死に別れました」

「沖の釣り舟を見ては敵の舟かと肝を潰し、遠くの松林に群れるサギを見ては源氏の白旗かと震え上がったものです」

「そして、壇の浦の戦いで戦況が不利になった時、これで平家は終わりと思われました。二位の尼が、泣く泣く申されます」



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