![$吉備路残照△古代ロマン-鹿](http://stat.ameba.jp/user_images/20130419/12/asaborake/21/3d/j/t02200153_0600041812505964409.jpg)
大納言典侍(だいなごんのすけ)が外にでて辺りを眺めると、牡鹿の通った跡があった。
戻ってきた大納言典侍に、建礼門院が尋ねる。
「何の音でしたか」
大納言典侍は涙をこらえて、一首詠んだ。
○ 岩根ふみ 誰かは訪(と)はん 楢の葉の
そよぐは鹿の 渡るなりけり
「大きな岩を踏みこえて、(こんな人里離れた寂しい所に)だれが訪ねて来るものですか。楢の葉が音を立てたのは、鹿が通り過ぎたからです」
建礼門院は身につまされて、その歌を窓の小障子に書き留めた。
念仏三昧のほかに為すべきことのない日々の暮らしだが、時には心の和むこともあった。
軒下に並べた植木を極楽の七重宝樹(しちじゅうほうじゅ:極楽にあるという、金樹・銀樹・瑠璃樹・玻璃樹・珊瑚樹・瑪瑙樹・硨磲樹の7重に並んだ宝樹)になぞらえたり、岩の間にたまっている水を極楽にある8つの功徳を備えた池・八功徳水(はっ/はちくどく・すい)に例えたりして興じた。
無常は春の花、風に吹かれて散り急ぐ。
人生は秋の月、雲にふと隠れてしまう。
昭陽殿(唐代の後宮)で花を愛でていた朝は、風が吹いて花の匂いを散らした。
長秋宮(漢代の後宮)で月を詠んでいた夕は、雲が覆って月の明かりを隠した。
かつては壮麗な金殿玉楼(きんでんぎょくろう:金や宝玉で飾った宮殿)で暮らしていた建礼門院だが、今は質素な草庵で侘び住まいである。
文治2年(1186)春、後白河法皇が大原に隠棲しているという建礼門院を訪ねようと思い立った。
建礼門院徳子/講談社
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