松平信康の墓
だが、生まれてきた時代を間違えた革命児は、前ばかり見ていた。
どこまでも自分を恃む天才は、足元に注意を払おうとしなかった。
家臣ら、回りの者たちの屈折した心理を読み取ろうとしなかった。
信長にとって、あらゆる人間は機能としてのみ価値があり、なかんずく家臣らは天下統一という大義を実現するための道具でしかなかった。
部将たちは、どれだけ自分のために働けるか。
それだけの存在であって、彼らは自分の意思など持ってはならなかった。
乱世において、珍しく同盟関係の破れることのなかった弟分であり客将の徳川家康さえ、後に、「信長公にとって、自分らは虫けらのようなものであった」と述懐している。
かつて、家康は信長の命によって、武田家との内通などの理由により、妻の築山御前と嫡男の信康を自らの手にかけねばならなかった。
信康の妻は、信長の長女・徳姫。
徳姫と築山御前の嫁姑の対立から、徳姫が父親に12ヶ条からなる訴状を送ったことによるとも言われる。
いずれにしろ、家康に限らず妻子を殺さねばならないこと以上の痛恨事はなかろう。
あるいは娘の気持ちとは別に、信長自身、家康に信康を殺させたもう一つの意図があったのかも知れない。
その昔、持統天皇が病弱で凡庸なわが子・草壁皇子に比べて、格段にすぐれた甥の大津皇子を、これという理由もなく処刑したことに通じることだ。
信長や家康世代のあと、時代状況によっては、信康は信長の嫡男・信忠を脅かす存在になりかねない。
持統にしろ信長にしろ、親心といえば聞こえがいいが……。
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夢まぼろしの如く ⑨徳川家康の述懐
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