『宇治川先陣争図』 佐々木高綱に先をこされた梶原景季 高松市歴史資料館蔵 大塚春嶺 明治時代
佐々木高綱と梶原景季(かげすえ:景時の長男)は、日頃から何かとお互いを意識し張り合っていたライバル同士。
次のようなエピソードがある。
頼朝は、「生食(いけづき)」と「磨墨(するすみ)」という有名な駿馬を所有していた。
木曽義仲討伐に京都に向かうとき、景季は頼朝に、「生食」を賜わりたいと申し出た。
頼朝は、「生食は、何かの折に私が乗る馬ぞ」と断って、「これも劣らぬ名馬だ」と磨墨を与える。
ところが後刻、頼朝は高綱に、「皆が欲しがる生食を、そなたに与えよう。その旨心得よ」と高綱に与えた。
高綱は感激して、「宇治川を真っ先に渡ってみせましょう。もし私が命を落としたら、人に先を越されたと思って下さい」
先に鎌倉を立って京都へ向かっていた景季に、高綱一行が追いついた。
景季が、先頭で「生食」を引いている高綱の郎党に尋ねた。
「その馬は、もしや……。だれの馬だ」
「佐々木殿です」
「佐々木三郎か、四郎か」
「四郎殿です」
「これは聞き捨てならぬ。この景季が、四郎ごときより軽くあしらわれるとは。殿がその気ならば四郎と差し違えて、屈強の武士ふたりを失わせて殿を困らせよう」
四郎がやって来た。
景季は組み合おうか投げ飛ばそうかと思ったが、まずは気持ちを抑えて問うた。
「佐々木殿、生食をどのようにして頂いたのか」
機転の利く四郎は、頼朝の「その旨心得よ」という言葉を思い出した。
「今度の戦いでは、宇治と瀬田の橋は外されて渡れまい。川を渡るために生食を頂こうと思ったが、貴殿が所望して断られたと聞いた」
「貴殿に許されなかった生食を、四郎ごときに賜るはずはない。そこで昨夜、生食を盗み出して来たのよ、梶原殿」
「なんだ、私が先に盗めばよかった」と、景季は先ほどの腹立ちを忘れて笑い転げた。
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