『平家物語』のヒロインたちの中で、横笛は特異な位置を占めている。
自分の全存在をかけて、時頼を愛し抜いたからだ。
他のヒロインたちは、一方的に愛されるだけで、自分がどのように男に対したかという能動的な言動はみられない。
大雑把なもの言いかも知れないが、彼女らは愛されて捨てられて世をはかなんで出家した。
これでは、個性が生まれようはずもない。
横笛と時頼はまぎれもなく対等な恋人同士だが、後者の場合は対等でもなければ恋人の関係でもない。
だが、語りの文学としてはそれで十分だったのだろう。しかも、『平家物語』は恋愛がテーマの物語ではない。
平安末期の大きな時代のうねりを、治承・寿永の乱を軸に語ってゆく『平家』にとって、
男女のあれこれを細かく描写する必要はなかった。
「男と女のことをもっと話してくれよ」という声に対しては、「そちらは、『源氏物語』を読んで下され」と言えばすむことだ。
美しいヒロインの登場する場面は、血なまぐさい戦闘や非情な政争の間にはさまれた一服の清涼剤。
聴衆に、「あのキレイな女の人が、そんなひどい目にあうとは……可哀そうに。」と思わせたら大成功ではなかったか。
薄幸の佳人が、聴衆の涙を誘えばよかったのだ。
横笛の死を知った時頼は悲しみに耐えてさらに修行に励み、高野の聖と呼ばれるほどの高僧になった。
どれほどの高僧になっても、時頼の心の真ん中にはいつも横笛がいたと私は思う。
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