横笛は、時頼に一目会いたい一心で、当時はまだ鄙びていた嵯峨にやってきた。
「時頼は往生院で修行している」とは聞いていたが、その往生院がなかなか見つからない。
歩き慣れない足を引きずるようにして、あちらを探しては休み、こちらを訪ねては佇んだ。
だいぶ経ったころ、荒れはてた僧房から念誦の声がする。
耳を澄ますと、確かに聞き慣れた時頼の声だ。
連れの女に言わせた。
「時頼様、横笛でございます。出家されたそうですが、お目にかかりたいと訪ねて参りました。」
横笛が来ている。
仏道修行中の身でありながら、一日たりとて忘れたことのない横笛が来ている。
時頼は胸が高鳴った。
障子のすきまから覗くと、すぐそこに、いかにも歩き疲れた様子の横笛が立っている。
裾は露に、袖は涙に濡れたままだ。
どんなに道心堅固な者でも、心を揺さぶられるだろう。
だが、ここで会えば元の木阿弥。
時頼は胸が張り裂ける思いで、同宿の僧に頼んだ。
「ここにはそんな人はいない。何かの間違いでは」
横笛は情なく恨めしかったが、涙をこらえて帰っていった。
横笛は想いを伝えようと、指を切った血で、大きな石に和歌をしたためた。
○ 山深み 思い入りぬる 柴の戸の
まことの道に 我を導け
図説 歴史で読み解く京都の地理/青春出版社
¥1,050
Amazon.co.jp
京都の寺社505を歩く<上> (PHP新書)/PHP研究所
¥966
Amazon.co.jp
京都でやっておきたい100のこと (JTBのムック)/ジェイティビィパブリッシング
¥950
Amazon.co.jp