「山伝いに都へ上り子供たちに一目会いたいが、重衡殿のことがありそれは叶わない。ここで出家して火の中へでも水の底へでも入ろうと思うが、やはり1度は熊野に詣でたい」
維盛の言葉を受けて、時頼がいう。
「現世は、仮の姿。後世の長い闇こそ、つらく苦しいものとなりましょう」
維盛は、時頼を先達として高野山の堂塔巡礼をした。
高野は里から遠くて人の声はせず、青葉に吹きわたる風は梢を鳴らし、夕日は静かに照り映えている。
夜が更けるままに時頼の立ち居振る舞いを眺めていると、もの静かなたたずまいの中に深遠な真理を求めている。
「時頼のようになりたい」
維盛は、次のように3遍唱えて髪をおろした。
「流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者」
(三界の中を流転する限り、恩愛の情を断つことはできない。恩愛を棄てて無為に入るのは、真実恩愛に報いる者である)
維盛は、時頼や従者らとともに山伏のようないでたちで、高野山から熊野へ向かった。
岩代の王子の御前で狩装束姿の7、8騎と遭遇したが、危害を加える様子はなく、下馬して畏まってすれ違った。
どうやら、維盛を見知っている者たちらしい。
岩田川にさしかかる。
古来、岩田川の流れを1度でも渡った者は悪業、煩悩、罪障がみな消えると言われている。有り難い思いでわたった。
熊野本宮の証誠殿の御前で経を唱え、御山のほうを拝むと、筆舌に尽くしがたい広大な慈悲の霞は熊野山にたなびき、類ない霊験あらたかな神明は音無川に姿を現出している。
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