![$吉備路残照△古代ロマン-牛若丸、弁慶像](http://stat.ameba.jp/user_images/20120725/23/asaborake/ae/63/j/t02200165_0250018812098800916.jpg)
京都 五条大橋
京の五条の橋の上、大のおとこの弁慶が、長い薙刀ふりあげて、牛若めがけて切りかかって以来、
ふたりの君臣の交わりは、ついに終生のものとなった。
平泉の衣川館で、「弁慶の立往生」 と語り継がれる壮絶な最期を遂げるまで、
「身にそう影のごとく」 常に行動を共にしている。
講談や歌舞伎などでは、義経に仕える怪力無双の荒法師として大車輪の活躍だ。
人気も、義経に劣らず高い。
『平家物語』によると、熊野別当 (熊野三山を統括する世襲制の役職) 湛増 (たんぞう) の子で紀伊国出身だが、詳細は分からない。
和歌山県の田辺市は、田辺こそが弁慶の生誕地であると観光案内の資料などに紹介している。
第6回 田辺・弁慶映画祭 11/2~4 紀南文化会館
母は、二位大納言の娘・鶴方姫。
『義経記』は、右大臣藤原師長と婚約していた鶴方姫が、病気平癒祈願のため熊野権現に参詣したとき、湛増が横恋慕して強奪したと記している。
母親の胎内に18カ月(3年説も)いて、生まれた時はすでに2、3歳児の体つき。髪は肩をかくすほどに伸び、奥歯も前歯も生えそろっていたという。
父親の湛増は、この子は鬼子だとして殺そうとしたが、叔母に引き取られ鬼若と名づけられて、京で育てられた。
鬼若は比叡山に入れられるが乱暴が過ぎて追い出されると、自ら剃髪して武蔵坊弁慶と名乗った。
それから、四国や播磨国などを渡り歩くが、やはり乱暴を繰り返す。播磨では、書写山圓教寺 (西の比叡山) の堂塔を炎上させてしまった。
やがて、弁慶は京で千振りの太刀を奪おうと願を立てる。
通りかかった帯刀の武者と決闘して太刀999振りを集めたが、あと1振りということころで、笛を吹きながら五条大橋を歩いて来る稚児姿の牛若丸と出会った。
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