仲国は、小督を探し出す方法をあれこれ思案した。
「小督は琴の名手だ。この月夜に天皇を思って、琴を弾いているかも知れない。いつか、御所でわたしが笛を吹いて、小督の琴と合奏したことがある。小督の琴の音は、聞き分けられるはずだ。嵯峨には民家など、いくらもないだろう」
仲国は、めどがついたような気がした。
「では、探してみましょう。会えた時のために、お手紙をお預かり致します」
高倉は、手紙をわたすとき、「宮廷の馬に乗ってゆけ」
ころは、仲秋の名月に近い。
仲国は、嵯峨野あたりの上空に浮かぶ月に向かって馬首をめぐらすと、ゆっくりと鞭を上げて、馬をすすめた。
○ 牡鹿鳴く この山里の さがなれば
悲しかりける 秋の夕暮れ
かつて、藤原基俊が詠んだ嵯峨野あたりの秋の夕暮れは、さぞかし、しみじみとして哀れが深かったことであろう。
折片戸 (門が片方のみに開く戸) の民家を目にするたびに、「もしかしたら、小督がここに?」
仲国は、幾度となく馬の手綱をゆるめては、耳をすませたが、琴を弾いている気配はない。
寺院に籠っているかもしれないと、釈迦堂 (清凉寺) などを回ってみたが、小督に似た女房は見当たらなかった。
探しあぐねて途方にくれたが、このまま戻ったら子供の使いだ。天皇に顔向けできない。
「どうしよう」 と思い悩んだ末、「そういえば、ここから法輪寺はほど近い。小督は月の光に誘われて、参拝しているかも知れない」 と思いあたった。
法輪寺に向かって馬を歩ませていると、亀山の近くで、松林のあいだから、かすかに琴の音が聞こえてきた。
(原文) まことや法輪はほど近ければ月の光に誘はれて参り給へる事もやと其方へ向かひてぞ歩ませける。
亀山の辺近く松の一叢ある方に幽かに琴ぞ聞えける。
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