「そこまで思いをかけておられるのなら、何の不都合がございましょう。葵を召されたらいかがですか。家柄を気になさる必要はありません。基房がさっそく養女にしましょう」
「基房のいうことはもっともだ。退位してからなら、それもよい。しかし、在位中に、そのようなことをしたら、後代のそしりとなろう」
基房は、仕方なく帰っていった。
ある日、高倉は手元にあった紙に、古歌を書きつけた。
○ 忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は
物や思ふと 人の問うまで
『拾遺集』 の恋の部にある平兼盛の名歌だ。藤原定家の 『小倉百人一首』 に採られている。ご存知の方も多かろう。
忍びの恋①玉の緒よ 絶えなば絶えね 永らえば
藤原隆房が、和歌の書かれた紙を葵にわたすと、葵はぽっと顔を赤らめて、懐にしまった。そして、ほどなく体調を崩したからと里へ帰り、5、6日ほど臥せたあと死んでしまった。
あっけない、まことにあっけない。物語としても、まったくの尻切れトンボだ。『平家物語』 よどうした、と言いたくなる。
これから、「高倉と葵の恋物語」 が本格的に始まるのではなかったのか。
寵愛する葵の思わぬ死で、高倉は日々、夜となく昼となく悲しみの淵に沈んでいた。
そんな夫を見かねた徳子から、小督 (こごう) という女房が送られてきた。小督は、徳子に仕えている女房たちのうちの一番の美女で、比類なき琴の名手である。
徳子の寛大さには恐れ入る。これでは、年上女房というより息子を溺愛する母親ではないか。
あるいは、理想の奥さんとはこういうタイプなのだろうか。
どうやら、「高倉と葵」 は、「高倉と小督の恋物語」へのプロローグだったようだ。
1日で読める平家物語/東京書籍
¥1,785
Amazon.co.jp
原色小倉百人一首―朗詠CDつき (シグマベスト)/文英堂
¥893
Amazon.co.jp
平 清盛 後編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)/NHK出版
¥1,100
Amazon.co.jp