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Channel: 吉備路残照△古代ロマン
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平家物語の群像 平知盛⑧子はあつて父を討たせじと敵に

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$吉備路残照△古代ロマン-平知盛  新中納言知盛

平教経(のりつね)の祖谷(いや)地方における「落人伝説」は、次のような経過を辿ったのではないだろうか。

教経が壇ノ浦で亡くなったとの訃報を伝え聞いた「阿佐家」の御先祖様たちは、悲しみの中で、教経にゆかりのある「平家の赤旗」などの「物」を探し回った。

生前の教経と「阿佐家」の間に、何らかの深い心の交流があったのだろう。

幸い瀬戸内海沿岸は平家の勢力範囲だった期間が長く、ゆかりの「物」を集めやすかったと思う。

一方、「草薙の剣」など安徳天皇とともに平家再興のためには必要だが、どう頑張っても手にはいらない「物」は門外不出の秘宝として、立ち入り禁止の部屋に「ある」ことにした。

また、教経ら「落人」が祖谷への道を通ったように見せかけるため、安徳が装束を着替えた「装束石」や、谷を渡る時に安徳を手渡しした「皇上の手橋」などの「物証」を設えた。

これらの行為は全て、「祖谷の地で、教経公に生きていて欲しい」という「阿佐家」の人々の切ないまでの純粋な心根から出たものだ。

同じ「作り話」でも、記紀神話と違って、ある勢力が権力を確立するためにでっち上げた野暮な話とは性格を異にする。

「阿佐家」の子孫は時の流れとともにいつしか「伝説」を「史実」とみなすようになり、祖谷の人々は郷土の誇りと思うようになったのではないだろうか。
                 ……

○その後新中納言知盛大臣殿の御前におはして涙を流いて申されけるは、武蔵守にも後れ候ぬ、監物太郎をも討たせ候ぬ。今は心細うこそ罷り成つて候へ。されば子はあつて父を討たせじと敵に組むを見ながらいかなる父なれば子の討たるるを助けずして遁れ参りて候ふやらん。

知盛宗盛の前で涙を流しながら、「知章に先立たれました。頼方も討たれました。心細い限りです。そもそも子が父を守ろうと敵と組み合っているのを見て、どんな父親がわが子を見捨てて逃げるでしょうか」

○あはれ人の上ならばいかばかりもどかしう候ふべきに我が身の上になり候へばよう命は惜しいものにて候ひけりと今こそ思ひ知られて候へ。

他人事なら散々非難するだろうに、わが事となると命が惜しくなるものだということを思い知らされました。

○人々の思し召さん御心の内共こそ恥づかしう候へとて袖を顔に押し当ててさめざめと泣きければ大臣殿「まことに武蔵守の父の命に代はられけるこそ有難けれ」

人々がどう思うかそれを思うと恥ずかしくなりますと袖を顔に押し当ててさめざめと泣くと、宗盛は「知章が父を守って討たれたのは立派だった」

○手も利き心も剛にしてよき大将軍にておはしつる人をあの清宗と同年にて今年は十六なとて御子右衛門督のおはしける方を見給ひて涙ぐみ給へばその座に幾らも並居給へる人々心あるも心なきも皆鎧の袖をぞ濡らされける

「武芸にすぐれた剛気な立派な大将軍であった。清宗と同じ16歳だな」と子息の清宗のいる方を見て涙ぐむと、並居ぶ人々は心ある者もない者も鎧の袖を濡らした。

    …… 原文に忠実な訳ではありません ……

    
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