那須与一、扇の的を射落とす
ついに、恐れていた日がきた。
大八郎が椎葉の里に住みついて3年ほどたったころ、「鎌倉に戻れ」という頼朝の命令が伝えられた。
その時、鶴富は大八郎の子を身ごもっていた。
後ろ髪を引かれるが、平家落人の娘を鎌倉へ連れて帰るわけにはいかない。
「女の子なら、ここで育てよ。もし男の子なら、この品を証拠として那須へ連れて参れ」
大八郎は兄・与一に貰った那須家伝来の名刀・天国と、系図を形見として鶴富に渡し、涙をのんで鎌倉に帰っていった。
「男の子が生まれますように」
鶴富は懸命に祈ったが、生まれたのは女の子。
娘が成長すると養子を迎え、大八郎を忘れかねている鶴富は、大八郎の名をとって、那須下野守宗久と名乗らせた。
椎葉村には那須姓が多く、大八郎の子孫ということを誇りにしているという。
…… ……
○与一目をふさいで、「南無八幡大菩薩、わが国の神明、日光権現、宇都宮、那須の湯泉(ゆぜん)大明神、願はくはあの扇のまん中射させて賜(た)ばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に再び面を向かふべからず。今一度本国へ迎へんと思し召さば、この矢はづさせ給ふな」
目を閉じて、「南無八幡大菩薩、わが国の神々であらせられる日光権現、宇都宮と那須の湯泉大明神、どうか扇のまん中を射させて下さい。もし射損なえば弓を折って自害します。再び本国へ帰してやろうとお思いでしたら命中させて下さい」
○心の内に祈念して、目を見開いたれば、風も少し吹き弱り、扇も射よげにぞなつたりける。与一鏑(かぶら)を取つてつがひ、よつぴいてひやうど放つ。
心の中で祈り目を開けると、風が弱まり、扇も射やすそうになった。与一は鏑矢を取ってつがえ、引き絞ってひょうと放った。
○小兵といふぢやう、十二束三伏(みつぶせ)、弓は強し、浦響くほど長鳴りして、誤たず扇の要ぎは一寸ばかりを射て、ひいふつとぞ射切つたる。
小柄とはいえ、矢の長さは十二束(そく:拳12個分)三伏(ふせ:指3本分)、弓は強く、鏑矢は浦中に響くほど長く鳴り渡り、要から一寸ほどのところから射切った。
○鏑は海へ入りければ、扇は空へぞ上りける。しばしは虚空にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさつとぞ散つたりける。
鏑矢は海中に、扇は空に舞い上がって暫く空中でひらひらして、春風に一もみ二もみもまれて、海へさっと散った。
○夕日の輝いたるに、皆紅(みなぐれなゐ)の扇の日出だしたるが、白波の上に漂ひ、浮きぬ沈みぬ揺られければ、沖には平家、船ばたをたたいて感じたり。陸には源氏、箙(えびら:矢を入れる容器)を叩いてどよめきけり。
夕日が輝く中、総紅色に日の丸が描かれた扇が白波の上に漂い、浮き沈みしながら揺れていたので、沖では平家が船ばたを叩いて感嘆。陸では源氏が、箙をたたいて喝采した。
…… 原文に忠実な訳ではありません ……
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