賞月堂主人著 玉蘭斎貞秀画
昨日までは宗盛と清宗はずっと近くにいたが、今朝からは離れ離れにさせられた。
京都まであと3日という日に、義経がふたりを仏道へ導くために招いていた大原の本性房湛豪(ほんしょうぼうたんごう)という聖がやって来た。
宗盛が、湛豪に泣き言をいう。
「清宗はどこにいるのでしょうか。たとえ二人とも首を刎ねられても、亡き骸は同じ場所に横たわろうと約束していたのに、この世で早くも引き離されてしまいました。この17年間、京から鎌倉と恥を晒して生きてきたのも清宗のためなのです」
湛豪は気の毒に思ったが、情にほだされてはならないと思い直して涙をぬぐい、平静を装った。
「だれしも親子の情は絶ち難いもの。清宗殿のことがさぞかし御心配なのでしょう」
「御一門は、わが国にかつて例のないほどに栄えておられました。天皇の外戚にもなり、大臣の位にまで立身されました」
「しかるに、栄華を極められたことと同じく、今このような憂き目に遭われていることも前世の宿業なのです。世間も神も仏も、恨んではなりません」
「不老不死の薬などありません。秦の始皇帝がいかに奢りを極めてもいつしか墓場の露となり、漢の武帝がどれほど命を惜しんでも空しく陵墓の苔となって朽ち果てました」
「生ある者は必ず滅びます」
「釈尊でさえ、香木の煙で焼かれることから免れませんでした。楽しみが尽きたら、やがて悲しみが訪れます」
「仏は、『我心自空、罪福無主。観心無心、法不住法』と説かれました。すなわち、善も悪もひとしく空であると悟ることこそ、まさに仏の御心に叶うことなのです」
「もはや何もお考えなさいますな」
湛豪は鐘を打ち鳴らして、宗盛に念仏を勧めた。
宗盛は湛豪こそ極楽浄土へ導いてくれる高僧と信じて妄念を翻し、西方に向かって手を合わせ声高に念仏を唱えた。
そこへ、橘公長 (たちばなきみなが)という武士が、太刀を構えて左から宗盛の背後に回った。
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宗盛が、湛豪に泣き言をいう。
「清宗はどこにいるのでしょうか。たとえ二人とも首を刎ねられても、亡き骸は同じ場所に横たわろうと約束していたのに、この世で早くも引き離されてしまいました。この17年間、京から鎌倉と恥を晒して生きてきたのも清宗のためなのです」
湛豪は気の毒に思ったが、情にほだされてはならないと思い直して涙をぬぐい、平静を装った。
「だれしも親子の情は絶ち難いもの。清宗殿のことがさぞかし御心配なのでしょう」
「御一門は、わが国にかつて例のないほどに栄えておられました。天皇の外戚にもなり、大臣の位にまで立身されました」
「しかるに、栄華を極められたことと同じく、今このような憂き目に遭われていることも前世の宿業なのです。世間も神も仏も、恨んではなりません」
「不老不死の薬などありません。秦の始皇帝がいかに奢りを極めてもいつしか墓場の露となり、漢の武帝がどれほど命を惜しんでも空しく陵墓の苔となって朽ち果てました」
「生ある者は必ず滅びます」
「釈尊でさえ、香木の煙で焼かれることから免れませんでした。楽しみが尽きたら、やがて悲しみが訪れます」
「仏は、『我心自空、罪福無主。観心無心、法不住法』と説かれました。すなわち、善も悪もひとしく空であると悟ることこそ、まさに仏の御心に叶うことなのです」
「もはや何もお考えなさいますな」
湛豪は鐘を打ち鳴らして、宗盛に念仏を勧めた。
宗盛は湛豪こそ極楽浄土へ導いてくれる高僧と信じて妄念を翻し、西方に向かって手を合わせ声高に念仏を唱えた。
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