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平家物語の群像 義経24佐藤継信、討たれる

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$吉備路残照△古代ロマン-佐藤継信の討死 佐藤継信の討死 屋島合戦画帖 「高松松平家歴史資料 香川県歴史博物館保管」


教経が次々に矢をつがえて射ると、たちまち鎧武者十余騎ほどに命中した。

奥州平泉の佐藤継信は、左の肩から右の脇へかけて射抜かれ、たまらず馬上から真っ逆さまに落ちた。

教経の童子・菊王丸は怪力無双の剛の者。

萌黄威の腹巻に三枚甲の緒を締め、打物の鞘を外して継信の首を取ろうと飛びかかったが、近くにいた佐藤忠信が、兄の首を取らせてなるかと、
十三束三つ伏せの矢を引き絞ってひゅっと放った。

菊王丸は腹巻の草摺りを射ぬかれ、四つんばいになって倒れた。

それを見た教経は、左手に弓を持ったまま、右手で菊王丸を抱えて船へ投げ込んだ。

だが、深手を負っていた菊王丸は絶命する。

菊王丸はもとは教経の兄通盛(みちもり)の童子だったが、通盛が一の谷で討たれた後、教経に仕えていた。

享年18。

教経は、菊王丸が討たれたことで戦意を喪失する。


義経は馬から飛び下りると、継信の手をとって声をかけた。

「いかが覚ゆる」

「今はかうと覚え候へ。(もうだめです)」

「思ひ置く事はなきか」

「何もありません。ただ、殿が世に出られるのをこの目で見ることなく、死んでいくことだけが心残りです。弓矢取る者が、敵の矢に当って死ぬのはもとより覚悟の上。

末代まで、『源平合戦のとき、奥州の佐藤継信という者が、屋島の戦いで主君の身代わりに討たれた』と語り継がれることこそ、今生の面目、冥途の土産です」

目に見えて弱っていく継信の様子が哀れで、義経は鎧の袖を濡らした。

「このほどに貴き僧やある」

郎党の一人が、尊い僧を探して連れてきた。

「深手を負って今にも死にそうな者がいます。一日、お経を書いて弔って下さい」

そして、義経は、太くて逞しい黒馬に立派な鞍を置いて、布施として僧に与えた。

その馬は、義経が五位尉に任ぜられたとき、同じく五位として大夫黒(たいふくろ)と呼ばれた名馬である。

義経は、その馬に乗って鵯越(ひよどりごえ)の坂を落ちた。

思い出も愛着もある、かけがえのない馬だ。

その大事な大夫黒を、継信を弔ってもらった御礼として手離したのである。

忠信をはじめ、郎党らはみな、涙ぐんだ。

「殿のためなら、命を捨てても惜しくはない」


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