
高倉天皇の中宮は、いうまでもなく平清盛の娘、徳子 (建礼門院) である。
高倉が10歳のとき、16歳の徳子が嫁いできた。この年ごろの6歳の開きは、大きい。高倉にとっては、年の離れたお姉さんがやってきたという感覚ではなかったか。
20歳で亡くなった高倉には終生、そういう意識が続いたのではないだろうか。
落し胤をばらまくような好色漢ではなく清潔で生真面目な高倉は、いつも不器用なほど真剣にひとりの女性を愛している。
ただ、徳子がよく知る宮中に仕えている女性たちである。そのことに対する徳子の思いは、なぜか、書かれていない。いいかえれば、無視されている。
怒ったり、嫉妬したりしてはならなかったかのようだ。
さて、その徳子に仕えている女房の女童 (めのわらわ:召使) に、葵という美しい少女がいた。この美少女が、高倉の目にとまり、一身に寵愛を受けるようになる。
それゆえ、葵の主人である女房は、葵を召し使わず、かえって主人に対するように丁重にもてなすようになった。
当時、次のような 『長恨歌』 の一節が流行っていた。
「生男勿喜歓 生女勿悲酸 男是不封候 女作妃
(男を生んでも喜ぶな 女を生んでも悲しむな 男は諸侯にすらなれない 女は妃にもなれる) 」
楊貴妃は、后に立った。葵も更衣、女御、后となり、帝の母、女院とも仰がれることになるのだろうか、などと噂するようになった。内々では、葵の女御と呼ばれるようになる。
宮中の恋しか知らない高倉と葵にとって、あの日の風景はどこだろうか。
高倉はこうした噂を耳にすると、ぱったりと葵を呼ばなくなった。愛情が覚めたからではない。世間体を気にしてのことだ。
それからというもの、いつも物思いに耽っていて、食事もあまり摂らない。気分が思わしくないと、寝所にこもっていた。
関白の松殿 (藤原基房) が、心配して参内した。
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