源氏物語
第34帖若菜上
源氏:39~41 紫の上31~33 女三宮13~15 夕霧18~20
明石の君:30~32 明石女御:11~13 柏木:23~25
朱雀院
嵯峨帝創建の「離宮」で、
宇多帝以降は譲位後の「後院」とされた。
「京都駅」の位置を示してあるので、「烏丸通」と
今の「京都御所」と「二条城」が表示されて
いれば、「朱雀院」の見当がつくのに。
「二条城」の少し南で、
平安京由来の「神泉苑」の近くだろう。
朱雀院跡
中京区壬生花井町
(日本写真印刷中央研究所内)
それでも、女三宮の「裳着の儀式」を過去に例がなく、また将来ありえないほどに盛大で華麗なものにするための準備に余念がなかった。
部屋の飾り付けは、『朱雀院』の*柏殿の西面に帳台や几帳などを並べ、国産の綾や錦は使わず唐の后の装飾風に絢爛華麗に整えた。
柏殿かえどの
平安時代、朱雀院内の北東にあった建物。
皇后や皇太后の居所となった。
腰結の役は、あらかじめ太政大臣に頼んである。
左大臣や右大臣その他の上達部たちは、止むを得ない事情で普段なら欠席するところを、どうにかこうにか都合をつけて参上した。
親王8名と殿上人たちのほか、『内裏』や『東宮』に仕えている人々も参集したので、稀に見る盛大な「裳着の儀」になりそうである。
冷泉帝と東宮は朱雀院主催の行事は今回が最後であろうと感傷的になって、『蔵人所』や『納殿』所蔵の見事な舶来品を数多く献上した。
『六条院』の源氏からも、夥しい数の御祝儀が届けられた。
夕方近くには、秋好中宮から装束と櫛箱が届けられる。
櫛箱の中には、朱雀院への贈歌が入っていた。
○ さしながら 昔を今に 伝ふれば
玉の小櫛ぞ 神さびにける
(むかし頂いた小櫛)を髪に挿したまま今に至りましたので
玉の小櫛はすっかり古くなってしまいました
朱雀院はその小櫛を見て、しみじみと思い起こすことがあった。
織江の唄(八角朋子)
これがオリジナル、正調「織江の唄」です
五木寛之氏
真ん中の人物が小説『青春の門』の作者。
五木さんは既に何年も前に「小説」の執筆は卒業、
もっぱら「人生論」や「宗教論」の著書を出し続けています。
映画『青春の門』(浦山桐郎監督)の主題歌、「織江の唄」の
薄幸の少女、織江を演じたのは憑依型の役者大竹しのぶです。
大竹しのぶには、「女優」よりも「役者」が似合う。